出版社内容情報
誰もが共有できる価値を見つけ出す哲学、それが現象学だ!
本書が著されたのは20世紀前半のヨーロッパ。あらゆる学問が発展を遂げ、人類は世界をより深く、より正しく理解できるようになった。にもかかわらず、哲学者フッサールはそこに「諸学の危機」を見て取る。客観的な真理や発見を追い求めるあまり、原点である「どう生きればよいのか」「何がよいことなのか」が置き去りにされてしまったからだ。私たち人間という存在に深く関わるこれらの問いに、学問が再び向き合うことができるよう、フッサールは「現象学」を提唱した。
生きる意味や価値を共に探り、分かち合うことで、よりよい社会のあり方も見えてくる。現象学のエッセンス、そして今すぐ実践できる、現象学を用いた哲学対話の手法を学ぶ。
【目次】
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ジョンノレン
47
フッサールの哲学、現象学の究極の目的が価値の共通理解にあり、そのために主観と客観や生活世界や数学的物理的世界認識の関係性を見つめ、主観に多少体重を傾けて間主観的世界認識で語らいの土台を形成し、更なる擦り合わせにより本質観取で共通理解を深めるという大きな流れはともかく、そこに持ち込むプロセスが難解で往生。伊集院氏が100分で名著の中で最も難しいと唸っていたのに首肯。主著や入門書等でこんがらがりつつ、西研氏の噛み砕きに頼るも挫折、フッサールへの旅はこれにて打止め。 2025/11/21
tom
26
フッサール、50年も昔に読もうとした。現象学という名前が格好良く思えて見栄を張ってたけど、何も理解できてなかった。でも、今回テレビで見て、テキストを読んで、何やら理解できたような感じがある。人の話を聞くことは、自分の主観で聞くもので、聞いたことを相手と擦り合わせたり、自分の過去の経験と照合するなどなどで落ち着きどころを探すことと思っていたけれど、どうも、これは現象学の手法だったような。よくは分からぬが、もしそうだったのなら、無知の時代の見栄が役に立っていたのかもと驚いてしまったのでした。良書です。2025/08/19
かふ
22
本質観取(変換すると本質看守になる。世界はこの方向性なんだと思う)はプラトンの「イデア論」なのでは。ベンヤミンによるとそういう本質(アウラ)は失われてしまったのではないのか?キリスト教社会とイスラム教社会の対話が必要だというのは理想論のように思う。ただどこまでも懐疑論になるとシオランの絶望しかないのだろう。どこか信じるものがあるとすれば超越論なのだろうか?感情論(叙情性)と実証主義(論理性)の対立は文学的な問いでもあるので、もう少し見ていきたい。2025/08/03
nbhd
16
まず、タイトルが超絶エモいよね。ヨーロッパ諸学の危機」!、そして「超越論的現象学」!!なんだもん。学生時代に哲学にかぶれた頃は、正直よくわからなかったけど、社会人を20年くらいやってきて、コンサル的資本主義にまみれる日々のなかで読んでみて、フッサールさんの気持ち、すーげぇーわかった(感応した)。フッサールは数学者出身で、ヒルベルトプログラムとかその時代の人。で、危機書の「ヨーロッパ諸学の危機」の部分は、フッサールによる科学史(数学・物理)なのだと知り、俄然、興味が増した。結局、主観なんだよね。わかるぅ。2025/08/03
紙狸
14
2025年放映のNHK「100分de名著」のテキスト。筆者は哲学者・西研氏。フッサールの現象学を今日に活かそうとする。「互いの体験を出し合うことによって、共通すること・共通しうることを探る」のが現象学なのだという。本質看取の実例として「なつかしさの本質」について話し合う試みを紹介する。さらに「社会の意味や価値」を考えることまで視野に入れる。フッサール哲学の今日的可能性はそこまで大きいのか。現代日本では弟子ハイデガーの方がよく読まれたのはなぜなのか。2026/01/18




