出版社内容情報
「マッチョな文豪」はいかにして生まれたのか。意外な実像と今日性に迫る。
ハードボイルドで勇猛果敢、狩りや闘牛を好み、恋多きアメリカ現代文学の「パパ」。古き佳き男らしさの象徴と目されがちなヘミングウェイだが、このノーベル賞作家はそれほど単純ではない。その作品世界には過酷な戦争体験、抑うつ気質やクィア的性向など複雑な実人生が投影されている。また文章修業における勤勉さは、エンタテイメント性と前衛性の奇跡的な融合をもたらし、新しい文学的地平を拓いた。晩年の代表作『老人と海』、闘牛士の生きざまを活写した初期短編『敗れざる者』、若きパリ時代の回想録『移動祝祭日』の3作品から、いま注目すべきエコロジーや身体性などのテーマを読み取り、「文豪」の仮面に隠された人間像に迫る。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
アキ
101
「老人と海」はヘミングウェイの代表作。アメリカ文学に分類されるが、多文化小説との著者の視点が面白い。中米のキューバが舞台で、漁はメキシコ湾。老人はスペイン語を話し、カトリック信者。好きな大リーグ選手は、ジョー・ディマジオ。漁師の子どもでルーツは同じラテン系のイタリア・シチリア島。ラストシーンでアメリカの観光客がカジキをサメと間違えるのは、痛烈なアメリカ批判。しかしこの小説をアメリカ人が読むと、大リーグが好きなキューバの貧しい老人の苦労話と読める。ヘミングウェイは勤勉な老人に自らを重ねていたのではないか。2021/12/29
buchipanda3
95
作品の解説と共に、人間ヘミングウェイの像を浮かび上がらせていく内容を興味深く読めた。これまで訳者による後書きなどで彼の人生模様の色合いや性格はある程度掴めたかなと思っていたが、本作で改めてなるほどとなる切り口もあった。一つはアイデンティティの揺らぎからくる弱さ。性的指向の曖昧さが女性関係などに影響。彼の母親への心情が微妙だったことも関係するのかも。もう一つはアメリカと対極なものへの思いの強さ。スペイン語圏やアフリカなど異文化の人たちの目線や感覚に実際的に寄り添う描写が印象的。彼の小説をさらに読もうと思う。2021/10/01
ころこ
54
文学性が乏しいとして評価されていない文学の読み直しは批評の王道ですが、本書がなければヘミングウェイを読むことは随分先でした。「甘えたい、わかってほしい、という自分の弱い部分を肯定できない男性は、強がるゆえに必ずや女性との関係に失敗する。自らの中にある女性性を直視し受け入れることなしには、女性たちとの長続きする愛の関係を結べないことが、ヘミングウェイの作品からはよく伝わってきます。」大雑把な男のパブリックイメージを持った作家の繊細な部分が上手く表現されています。身体感覚を持った言葉の見直しも問題になります。2021/09/30
Eric
28
世間的にはマッチョなセレブ作家として認知されているヘミングウェイだが、落ち目の老人が負けを認めない<弱さ>を感じさせる作品を書いたり、過度な男らしさや反抗的な言動で性的指向の倒錯を覆い隠していると推測されたり、一筋縄ではない。更には事実に反してまでも恩師の悪口を述べたり、民族を超えて人々の生活に密着したりするなど、嫉妬や反骨心を織り交ぜた複雑な人間性が垣間見える。短く区切る文体や、氷山の一角理論(敢えて明言しない)などの新時代を切り拓く執筆技法の確立も印象的。2022/01/05
コニコ@共楽
26
番組を見て、こちらのテキストも購入してみた。ヘミングウェイのマッチョなイメージとは違う面を取り上げた特集になっている。副題は『「男らしさ」の裏側』&『弱さを抱えつつ多様性を拓く』だ。印象的なのは、アメリカの代表的な作家としての名声を持ちながら、彼がアメリカの大国の傲慢さを批判し、辺境の地や自然を愛したことが紹介されている点だ。また、『移動祝祭日』についても、フィクション風を装いながら、文学や人間修行が勤勉に行なわれていたこともわかって興味深かった。2022/03/24