出版社内容情報
身体性に関連する認知科学・神経科学の主なトピックを取り上げ、自己と他者の身体的な相互作用を生態学的現象学から考察する。脳内過程ではなく、「脳―身体―環境」というエコロジカルな連続性のもとでの身体的経験の理解を通じて自己と他者が出会う社会的環境を描き直す。
内容説明
「行為が変わると知覚が変わる」生態学的現象学の視点から浮かび上がる自己と他者、そして両者の身体的な相互作用の実相。
目次
第1章 動きのなかにある自己
第2章 脱身体化される自己
第3章 「脳の中の身体」を超えて
第4章 行為でつながる自己と他者
第5章 身体に媒介される自己と他者
第6章 自己・他者・ナラティヴ
著者等紹介
田中彰吾[タナカショウゴ]
1971年生まれ。2003年、東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、東海大学現代教養センター教授。2013‐14年、2016‐17年にかけてハイデルベルク大学にて客員研究員。専門は現象学的心理学、および身体性哲学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
テツ
13
タイトル通り、自己と他者について。一般平均から見たらおそらく病的に他者の内側で起きている事柄に興味がないので、他者という存在が人生において一度たりとも大きなテーマになったことがなく、正直それ自体はどうでもいいのだけれど「自己」と「他者」を分かつ最大の断絶は何かということには関心があるので楽しく読めました。最初に、肉体。この堅牢且つ脆い壁で隔たれた内側と外側。自己と他者との境界線はぼくが考えていたものと全く違う形をしているのかもしれないな。2023/01/24
shin_ash
4
大変面白かった。自己とは何か?を個別主義的な視点から掘り下げるのではなく、他者との関係から掘り下げる訳だが、その間(間主観性)に介在するのが身体で、この様な見方そのものがギブソン的な見方に沿っていると言うことの様だ。身体を介して他者と関わり自己を認識すると要約して良いのかわからないが、従来の自己の説明とは大きく異なる視点なので、慣れが必要になる。しかし、この様な見方ができれば身体の捉え方や集合知のボディの様なものを考える上でも非常に参考になる。身体の相互作用の場として「重心」と言う表現が出てくるが納得だ。2023/04/30
天婦羅★三杯酢
2
成育から人間の自意識が立ち上がる場面はどうなっているのか。この本を読むきっかけをどこで得たのかもう忘れてしまったけど、読み進めるにつれて冒頭の事が頭を占めていく。『外傷的育ちの克服』を読み、人間の成育にどんな働きかけが大事なのかと言う事についての輪郭を得ていたから、この本もその観点から読んでいた。 6章だてだが、その全てが著者自身の身体的経験から説き起こされているのが、つまりまず最初にあるものは身体であるというこの本の通奏低音とも響き合っている感じがする。2022/06/10
ばにき
1
自己と他者について、精緻な議論が展開されている。例えば、blankeとehrssonのillusionの違いは気にしたことがなかった。面白い。2022/06/30