出版社内容情報
1986年の冬、たしかにこの街にあったもの――。コーヒーと幻のレコード。行方不明のダブルベース。「冬の音楽」をテーマに演奏していたデュオ〈ソラシド〉。
それから26年後、ライターになった「兄」は「妹」とともに、ソラシドを探して、失われた町の風景やかつて演奏された音楽の断片を訪ね歩き、もつれあった記憶と感情をときほぐしていく。
失ったものを想い、残されたものの未来を紡ぐ物語。
巻末に「コーヒーを飲みながら書いたあとがき」を付す。
内容説明
一九八六年の冬、この街にあったもの―コーヒーと幻のレコード。行方不明のダブル・ベース。「冬の音楽」をテーマに演奏していた女性デュオ“ソラシド”。それから二十六年後、「兄」と「妹」はソラシドの音楽を探して記憶の中の場所を訪ねる。もつれあう記憶と心をときほぐす物語。巻末に「コーヒーを飲みながら書いたあとがき」を付す。
著者等紹介
吉田篤弘[ヨシダアツヒロ]
1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を続けている。2001年講談社出版文化賞・ブックデザイン賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
KAZOO
108
吉田さんの本ですが、いつもながら分野があまりわからない感じでした。あまり事件らしきも起こらずに話が淡々と進んでいきます。このゆったりした感じが私は嫌いではないのです。題名にある幻のデュオを探していくことになりますが、話の先行きが見当もつきません。筆者はあとがきで、この小説は三つのレイヤーを持っているといっておられます。「主人公が書いた一九八六年の日記と回想」「主人公の現在の日々」「ソラシドという幻のデュオをめぐるテキスト」だそうです。2024/07/09
はっせー
108
1986年。そこにはレコードとコーヒーの空気が流れていた。その時代にダブルベースの女性デュオのバンドを探す物語。実際に探すのは26年後の世界である。そのため1986年と2012年を行き来するように物語が描かれている。いまエモいという言葉に集約されるように昭和レトロがブームになっている。そんな世の中でこの本はまさにレトロを感じる本になっている。だがレトロやノスタルジックという言葉だけでは到底表しきれない空気や匂いがこの本には漂っている。目を瞑ればあの時代にいけるかもしれないそう錯覚させてくれる本である!2022/06/11
ばう
55
★★★1986年。ヤマシタは金は無く、有れば有ったで全てレコードにつぎ込む毎日。そして26年後、偶然読んだ当時の雑誌の中に「ソラシド」という女性デュオの記事を見つけ彼女達の音楽を聴きたいと願うがその姿も音楽も幻のように痕跡がない。こんなにも強く惹きつけられる彼女達は何処に?その音楽はどんなものだったのか?兄はひょんな事から腹違いの妹オーと彼女達を探し始め物語が動き出す。いつもながら現実のようなファンタジーのような吉田さんらしいお話。オーが魅力的だった。彼女の登場で物語が生き生きと動き出す感じ。良かった♡2025/04/26
優希
50
レコードというガジェットが古き良き昭和を感じさせますが、物語自体はそんなに面白いとは思えませんでした。2022/04/16
エドワード
49
1986年、東京。当時、「レコードを聴く」ことは音楽を聴くこととほとんど同義だった。音楽、針、回る円盤。物語の視点は2012年、ギターとベースの女性デュオ「ソラシド」の存在を知ったヤマシタは、妹のオーとともに、1枚のレコードも残さなかった彼女たちの音楽を探す旅に出る。ライブを聴いたオーの母の話。ライブ会場のバーの店長の話。音楽雑誌の片隅の記事。それらを手がかりにさまよう兄妹の旅。ヤマシタは作者の分身。私も同い年だ。ああ、よみがえる1986年。音楽、街、二度と出会えない空気のリアリティが私の心を震わせる。2022/11/23