内容説明
詩人である夫とともに、阿武隈山麓の開墾者として生きた女性の年代記。ときに残酷なまでに厳しい自然、弱くも逞しくもある人々のすがた、夫との愛憎などを、質実かつ研ぎ澄まされたことばでつづる。大宅壮一ノンフィクション賞、田村俊子賞受賞作。
目次
春
かなしいやつ
洟をたらした神
梨花
ダムのかげ
赭い畑
公定価格
いもどろぼう
麦と松のツリーと
鉛の旅
水石山
夢
凍ばれる
信といえるなら
老いて
私は百姓女
著者等紹介
吉野せい[ヨシノセイ]
1899年(明治32年)、福島県小名浜(現いわき市小名浜)生まれ。高等小学校卒業後、検定で教員資格を取得し小学校教員を務める。1921年(大正10年)吉野義也(詩人、三野混沌)と結婚し農業に従事。70歳をすぎてから筆をとり、75年(昭和50年)『洟をたらした神』で第六回大宅壮一ノンフィクション賞、第十五回田村俊子賞を受賞。77年没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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遥かなる想い
179
第6回(1975年)大宅壮一ノンフィクション賞。 開拓農民の妻として、生涯を捧げた著者の 短編集である。硬質の文体が 大正から 昭和にかけての時代風景を 彷彿させる。貧困と 戦争の微妙な影が 全編を覆う。土に生きた 人々の貴重な時代の記録だった。2018/11/13
はたっぴ
47
【BIRTHDAY BOOK】大宅壮一ノンフィクション賞、田村俊子賞受賞作。文学少女だった著者は大正5年に2年ほど小学校に勤め、詩人・山村暮鳥氏の指導と感化を受けて、眼に入るものを秩序もなく読み漁ったそうである。その後の長い百姓生活を経て75歳で上梓した年代記。『梨花』は結婚後の開墾地での極貧生活の中で愛しい我が子を失った追憶の記録だ。母としての無念な思いが溢れ出て切なくなる。このほか全編を通して貧しい生活の真実を鋭くありのままに綴っている。開墾地を一鍬一鍬耕すように、言葉を深く掘り尽くした珠玉の一冊。2015/10/20
ach¡
43
串田孫一氏が「刃毀れなどどこにもない斧で一度ですぱっと木を割ったような狂いのない切れ味」と絶賛した文章/吉野せいさんの随筆集。70歳を過ぎて筆をとったという経歴にまず驚き、時代を超えて染み入る表現の数々、その骨董的な文章の美しさに泥酔なう。大正から昭和を生きた女の、母の殊勝が涙なくして読めず(戦争の非情さがじわりと国民の末端にまで浸透してゆく様がそのまま記録されている)福島の開拓史としてもずっしり重い。先祖の血と汗が浸みこんだ土地を放射能によって蹂躙された人々の苦衷に思い致せば、原発再稼働こそゲスの極み…2016/06/13
シュシュ
39
力強くて瑞々しい文章に圧倒された。読むことができて本当によかった。大げさでなく、スパッとくっきりした表現。春、洟をたらした神、梨花、私は百姓女が特によかった。戦前からの苦しい開墾生活の中で子どもを亡くしたり、詩人である夫の三野混沌との夫婦生活など苦労の多い人生だったが、心の底に希望を捨てない強さを感じた。詩人の草野心平も友人だった。読みながら、時々石牟礼道子 さんの文章をちらっと思い出した。 2018/08/27
ちゅんさん
36
ここに出てくるのはしっかりと大地に足を付けて生きている人間そのものの姿。荒々しく原始的だが時に美しく知的ささえ感じられる文体。この作品を読んだ後だと何を書いても薄っぺらくなってしまう。生の結晶のような本当の人間のようなこういう風に生きたい。2025/07/10