内容説明
有名進学高校をドロップアウトし、次に通った高校でも、学校での勉強に疑問を抱いて落第した著者。ふとしたことから「熱気球をつくって空を飛ぶ」という夢に向かって、仲間とともに奮闘し始める―一九六九年、日本で初めて熱気球の有人飛行を成功させるまでの挑戦を綴った青春の記録。
目次
プロローグ
一九六七年夏
気球計画
一九六八年春
イカロス1号
イカロス2号から4号
資金計画
気球が立ちあがった
さあ、飛ぶぞ
ついに飛んだ
まったく天下は泰平だった
エピローグ
著者等紹介
梅棹エリオ[ウメサオエリオ]
1948年、京都府生まれ。1969年、鴨沂高校卒業。同年9月28日、日本で初の熱気球飛行に成功(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
123456789wanko
7
2014年の目標として気球で飛ぶというのを挙げていたら、目に飛び込んできたのがこの本。空を飛ぶのに理由なんて要らないぜ、っていう姿勢が清々しい。が、気球作りに関しては一切手を抜くことなく日本初の熱気球飛行を成功させるべく努力をしている。そして気球で飛ぶためにはライバルと手を組むしたたかさも持っている。そしてキング・オブ・ニートの記録でもある。面白い!2014/02/06
かりん
2
4:青春! 尊敬する梅棹先生の息子さんは、日本人初の熱気球飛行を成功させた人なのでした。熱気球に惹かれる気持ち…なんかわかる。小学生の時、よく絵に描いていた。■ぼくは、先生はみんな、「民主主義」の役人だと思った。社会的に意義のあることが重要で、社会的に意義のないことが重要でないなどと、どうして決められるのだ。優等生は人類の敵だ。こんなイチジク形のオレンジ色の気球を作るために、ぼくは、ぼくの全力を投入した。なんのため? そんなこと知るもんか。2011/07/24
青緑 空
1
熱気球を日本で初めて飛ばしたプロジェクトの開始時のメンバーが、当時高校生だったことに驚きました。素人の集団です。ミシンすら使ったことがない男子生徒たちが自ら縫ったんです。日本に前例はないんですよ。現代のようにネットで調べることもできない。そんな状況で日本初の熱気球。最高のチャレンジャー達です!
rincororin09
0
日本における熱気球の有人飛行の成功は、もっと昔のことだと思っていました。意外と最近のお話。しかも舞台が北海道だったとは知りませんでした。ともかく、若者たちがまぶしい・・・。2014/06/25
assa
0
壮快!立ち止まらず、自分の基準がしっかりしている若い作者。この感覚をどう育て上げたのか知りたくなった。しなやかで強い。再読したい。2013/02/03




