出版社内容情報
昭和二十一年五月三日、二年余、三七〇回に及ぶ極東国際軍事裁判は開廷した。厖大な資料と、関係諸国・関係者への取材で、劇的全容を解明する。
内容説明
昭和二十一年五月三日、二年半余、三百七十回に及ぶ極東国際軍事裁判は開廷した。歴史上前例のない戦争犯罪人を裁く裁判は、戦争に敗れた日本人に何を問うたか―裁判の傍聴が戦史家としての出発点となった著者が、厖大な資料と、関係諸国・関係者への取材で、全容を解明する。
目次
第1章 東条の自決
第2章 戦争犯罪の定義
第3章 起訴状の伝達
第4章 一九四六年五月三日
第5章 広田弘毅夫人の死
第6章 皇帝溥儀証言台へ
第7章 ウェッブとキーナンの対立
著者等紹介
児島襄[コジマノボル]
1927年(昭和2)、東京に生まれる。東京大学法学部卒業。共同通信社記者を経て、戦史家。日米双方の資料渉猟・取材に五年を費やして書き下ろした『太平洋戦争』は、軍隊経験のない世代によって書かれた戦争史として、その緻密な考証、劇的描写が高く評価され、66年(昭和41)に毎日出版文化賞を受賞。90年(平成2)に近現代史研究・著作活動によって菊池寛賞を受賞。2001年(平成13)、逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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飯田健雄
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この本は、約30年前、メルボルン留学中に日本人補習校の図書館から借りて読んだ。すこし話が逸脱するが、メルボルンは、フィリピンを脱出したマッカッサーにとって、アメリカの最高司令部であった。アメリカ軍にとって戦況が好転すると司令部をブリスベーンに北移動した。戦後、東京裁判長を務めるウェッブはクインズランド州の裁判長をやっていた。絶対に、この二人はブリスベーンで昵懇だったはずである。そうでなければ、なぜ、田舎の州の裁判官が国際舞台の東京裁判の首席裁判長を務められたわけがない。しかし、この事実のための資料がない。
Ruka Takahashi
0
戦勝国が敗戦国をただ叩きのめすだけの、出来レース、という批判もある東京裁判。もう少し背景を理解しないとこの本の感想さえも言えないわね、と感じた。辱めを受けるくらいなら自決を、という気概が至る所に見られ、夫人までもが自決する場面にはなんとも言えない気持ちに。なんとなく、公正な裁判とは言えぬ雰囲気を上巻からは十分に感じとりました。2013/08/22
platoon
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昭和46年刊。小説「東京裁判」。A級戦犯は皆いい人。児島襄ってこんな作家っだったっけ2012/08/15
ペインター
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東条英機の自殺未遂からはじまる。連合国側は誰が戦犯かわからず、東条内閣の閣僚名簿を日本側に差し出した。日本の政治史に詳しくないと誰が戦犯かわからない。日本はその当時独裁国家ではなく立件君主国家であったから誰が戦争をひきおこしたかはわからない。東京裁判に不利だったのは弁護人の数が少なかったことである。国際法上戦争を裁く法はない。人道に対する罪、平和に対する罪。裁判で死刑にされた方は気の毒である。戦争の罪は国民にあり、なぜ戦争が起きたか、私たちは昭和史を勉強することは重要である。2021/09/20
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