内容説明
途上国へのボランティア活動をしている妻の提案で、風力発電の技術協力にヒマラヤの奥地へ赴いた主人公は、秘境の国の文化や習慣に触れ、そこに暮らす人びとに深く惹かれていく。留守宅の妻と十歳の息子とEメールで会話する日々が続き、ある日、息子がひとりでヒマラヤへやってくる…。ひとと環境のかかわりを描き、新しい世界への光を予感させる長篇小説。
著者等紹介
池沢夏樹[イケザワナツキ]
1945年、北海道帯広市に生まれる。埼玉大学理工学部物理学科中退。75年から三年間ギリシャで暮らし、以後もしばしば旅に出る。沖縄在住。87年に『スティル・ライフ』で中央公論新人賞と芥川賞を受賞。93年に『母なる自然のおっぱい』で読売文学賞、『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞、2000年に『花を運ぶ妹』で毎日出版文化賞、2001年に『すばらしい新世界』で芸術選奨、2003年に『言葉の流星群』で宮沢賢治賞を受賞
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感想・レビュー
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ヴェネツィア
334
タイトルは言うまでもなくオールダス・ハクスリーの同名の小説へのオマージュである。ただ、ハクスリーのそれは題名を大きく裏切るものであったが、こちらは少なくてもディストピアを描いたのではない。現代の我々にとって、将来の世界としてもはやユートピアを思い描くことはできない。せめて、少しでも真っ当な世界に向かうための、ささやかな架け橋を庶幾することがかろうじて可能なくらいである。これは、そんな物語だ。重厚長大で、人もエネルギーも全てを集約してゆく現代のシステム(行きついたところが原子力だろう)に対するカウンター⇒2023/03/13
chantal(シャンタール)
84
夏樹さんの物語はいつも私がモヤモヤっと思ったり感じたりしているけれど、上手く言葉に出来ない思いを表してくれる。今回もそう。NGOからの依頼でネパールの山奥の村へ灌漑用ポンプの電力を供給するための風車を設置しに行く林太郎。彼の現地での経験を通して、環境問題、途上国への援助問題、民族や信仰、自然について深く考えさせられる。先進的な物を先進国の物差しで押し付ける事が全てではない。人はその地の自然に順応し生きている。少しでも皆が豊かに幸せに生きるための援助は素晴らしいが、押し付けであってはならない→→2021/09/27
piro
40
小型の風力発電機器を設置する為ネパールの奥地に赴く林太郎。普通の実直な会社員である彼が触れた現地の生活は「先進国」に生きる私達に新鮮な視点をもたらしてくれるものでした。本来の宗教の姿、社会の在り方、人間の生き様といった事を考えさせられる、多くの示唆に富んだ濃密な物語。科学技術という一種の「信仰」に来世思想がまったくないことが問題という林太郎の思い付きは腑に落ちる。妻のアユミ、息子の森介とのやり取りは聡明さと好奇心に溢れていて心地良く、ファミリーストーリーとしても楽しめました。2022/09/19
エンリケ
39
ネパールの僻地に灌漑用の風力発電機を作る。そんな内容のお話だが、頁は膨大で重厚。物語に仮託して文明論が展開される。技術者の主人公と環境保護に造詣の深い妻の議論が物語の肝。途上国が求めるのは果たして近代文明に囲まれた生活なのか?それは多分に商業主義の蔓延を伴い、人々は拝金に染まって行く。長閑なネパールの地に設置した風力発電機。それは一粒の種として村を豊かにする事を主人公は夢想する。本当の豊かさとは何なのか?作者は主人公夫婦の口を借りて読者に問いかける。再生可能エネルギー。その普及には人々の変革が必要だ。2016/10/21
踊る猫
33
大江健三郎的な実に崇高な思弁に満ちた世界を、あそこまで濃厚に描写・思索を徹底させていくのではなくもっと会話を多用してライトに仕上げたらこうなりました、という感じだろうか。よく言えばそれぞれの登場人物たちに著者の愛が惜しみなく注がれていてそれゆえの多幸感を感じ取れるが、悪く言えば深刻な葛藤やそこから来る相克が存在しないためにどこかフラットすぎる感も否めない。これは下衆の勘繰りの誹りを免れえないだろうが、著者にとって「小説」とはイデオロギーをベースに登場人物たちを動かす遊戯的な性格を秘めているのだろうかと思う2024/09/03