出版社内容情報
離婚し借家を引き払ったカップル、その家に入居した別の夫婦。交わらない二組の日常を斬新な手法と瑞々しい筆致で描く。野心作「コーリング」併録。
内容説明
あなたに会ったのも、会わなかったのも、すべて、この世界のなかでだった―。それぞれの孤独が共鳴しあい、日常生活を映すガラスの破片のような人々の世界が語られる、夜のように美しい小説。
著者等紹介
保坂和志[ホサカカズシ]
1956年、山梨県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。1990年、『プレーンソング』でデビュー。93年、『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、95年、『この人の閾(いき)』(新潮文庫)で芥川賞、97年、『季節の記憶』で谷崎潤一郎賞と平林たい子賞を受賞
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
翔亀
42
保坂-柴崎兄妹(勝手に命名)交互読み。所収2編とも柴崎さんの「主題歌」のように視点が目まぐるしく変わる。「青春感傷ツアー」のようなワープも加わる。ただし保坂さんの「残響」の3名の主人公は、貸家の前住民など関係はあるが平行して語られるだけで決して物語として交わらない(大抵、3人が出会ってドラマが生まれたりするのだが、決してそうならないのが保坂さんらしさ。物語がないと言われる所以だ)。しかし、それだからこそ<つながる>ことの不可能性と、にもかかららず<思いを馳せる>ことの切なさが、ひしひしと伝わってくるのだ。2014/10/16
ナマアタタカイカタタタキキ
37
私と同じ時間の中に貴方も生きていて、互いの意思とは別のところで共鳴したりしなかったりするのかな、と。二篇とも、さらさらと流れるような日常にある、何だか情報量の多い人らの思考。急に哲学的な視点に切り替わったり、たまに情緒的になってみたり。実験的要素が強くて、他人には勧めにくい。両作品内の思索のように、孤独の中でひっそりと読まれるべき。──私が今、貴方と過ごした時間のことを思い浮かべながらこの文章を綴っていることを、貴方は知らない。──いや、断じてあなたのことではない。それはあなたが私のことを考えているだけ。2020/06/24
阿呆った(旧・ことうら)
21
数人の登場人物の意識を追って記述する形式の書き方で、ポンと飛ぶので、どの人物の意識なのかを追うに多少苦労する実験的な作品。◆ヴァージニアウルフの『ダロウェイ夫人』ぽいなと思っていたら、作品の中に言及されていた。2017/02/06
しゅん
20
普段自分が血眼になって追っている価値に意味があるのか?もっと本質的に意味のあるものを切り捨ててはいないか?保坂和志の諸作を読む行為にはそうした自省がセットとなっている。複数の人物の間を焦点が移動するこの二作も同様。それぞれの焦点人物は微妙なつながりを持ちつつ、そこにはいない誰かのことを考える。なんの実利的な結果をもたらさない回想、思望のひとつひとつが連なることでうまれる残響が、凝り固まった思考を解すかのよう。『ダロウェイ夫人』と同じ道順でロンドンを歩くという自分が以前試した行為が作中に出てきて驚いた。2017/05/15
つーさま
14
ある地点で交わっていた登場人物たちが、現在では疎遠になっている、という点で本書収録の二作は共通している。視点は、生き物のように自由に動き、昔を振り返る彼らの内面を捉えていく。吐露される胸の内は、残響のように淋しくこだます。そして共鳴するかのように自分の中に潜む孤独も悲しい音をさせる。うまく通じ合えないことのもの悲しさに溢れた世界にあって、唯一の救いは、今も誰かがあなたのことを思い浮かべているということ。ふとした時にあなたが誰かのことを思い浮かべるように。2013/08/26