内容説明
十二年間の長きにわたり米国務長官を務め、国際連合の設立にも尽力、日中戦争勃発から太平洋戦争に至る時期の日米外交の要として活躍したコーデル・ハルが、引退後に綴った貴重な回想録。二十世紀国際政治史の第一級史料。
目次
ルーズヴェルトとの交友
ニューディーラーとの関係
外国使臣に対する態度
ロンドン経済会議
モーレーとのいざこざ
通商協定への努力
関税引下げ政策の危機
戦前の米英仏関係
孤立主義者とのたたかい
軍備拡大の決意〔ほか〕
著者等紹介
ハル,コーデル[ハル,コーデル]
1871‐1955。テネシー州に生まれる。民主党員としてテネシー政界で活躍後、合衆国下院議員に。1932年、上院議員に当選するが、就任を辞退しフランクリン・ルーズベルト大統領の国務長官となる。以来、44年11月に健康を害し辞任するまで米国外交の要として活躍。その間、日米外交交渉の米国代表として、その任にあたった。41年、日本側に突きつけたハル・ノート(10ヵ条からなる強硬対日提案)は、最期通牒と受け取られ日米交渉に事実上、終止符を打った。また、国際連合設立にも多大なる貢献を果たし、45年、国連設立会議に米国全権の一人として出席、同年ノーベル平和賞を受賞した
宮地健次郎[ミヤジケンジロウ]
1914年生まれ。東京帝国大学英文科卒。朝日新聞社に入社、ベオグラード特派員など。同社退社後、武蔵大学人文学部教授。専攻は、国際問題、現代アメリカ研究
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感想・レビュー
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筑紫の國造
2
日本人には「ハル・ノート」で有名な米国務長官の回顧録。本人に後ろめたいことがあったのか、ヨーロッパの方が主流だったためか、日本との外交の記述が驚くほど少ない。解説の木村氏は原爆投下の言い訳として「真珠湾のだまし討ち」を挙げているが、遙かに重要なことは「アジア人蔑視」の観点だろう。例えドイツが「だまし討ち」をしたとしても、原爆は落とさなかったと思う。本書の中にも「ヒトラー」「ムッソリーニ」と独・伊の場合は指導者の名で呼ぶのに、日本はただ「日本」と呼んでいる辺りに、日本全体を差別するハルの気持ちが表れている。2015/05/31
BATTARIA
1
ここまで著者を呪いながら読んだ本は初めてだ。東条英機や広田弘毅など7人のA級戦犯が、カイテルやリッベントロップやザイス=インクバルトやカルテンブルンナーらと同様に絞首刑に値したというのなら、この著者は石打ちと火あぶりと鋸引きと車裂きで4回処刑しなきゃ、割が合わない。 気持ち悪いほど大統領ルーズベルトにおべっかを使っているけど、一部の閣僚や議会有力者や部下に対してはボロクソ。そういうボロクソに言う対象がそれらの地位についたのは、ボスであるルーズベルトの責任なのにね。2013/05/19
くらーく
1
日本の暗号は全部解読されていて、日本の立場が分かっていながら、戦争に持ち込んだのだね。振り返れば、どこの国も自分の正義を振りかざし、戦争をしていた訳だ。 ハルの人間性というか、行動規範が分かっていれば、もう少し対応方法ってものがあるだろうになあ、と思うけど、軍の行動を制御出来なかったのだから、仕方ないか。 それにしても、ハルの人を観る目の無さにも驚く。スターリンに好意を寄せるなんて、現代から振り返れば、節穴ですか?後の宿敵ですよ。晩年で目が曇っていたのかねえ。2014/06/28
shiaruvy
0
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