内容説明
慶応四年二月十五日、フランス水兵と土佐藩兵との間にその事件は起った。殺されたもの、切腹したもの、死は免れたもの―。非運な当事者たちを包みこむ事件の全貌を厳密正確に照らし出そうとする情熱、歴史をみはるかす自由闊達な眼差し…。構想十年、歴史を文学に昇華させる夢を紡いだ偉大な作家の渾身の遺著。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
月をみるもの
15
森鴎外の「堺事件」と合わせ読む。結局のところ、歴史は「物語」でしかあり得ないが、よくできた物語とダメな物語の違いが存在することも確か。2021/05/06
浅香山三郎
13
実は大岡昇平の作品は、『野火』を部分的にしか読んでゐない(と思ふ)。先の長島要一『森鴎外 文化の翻訳者』の後になつてしまつたのは偶然だが、大岡さんには何故鴎外の『堺事件』に「切盛と捏造」があるのかといふ根元の疑問があり、そのことについての評論もあるのだが、本書はそれを経ての「歴史其儘」の大岡氏なりの実踐であると感じられた。そのことは、遺作となつた本書に近世史家による註の付くことによつて、大岡さん歿後の訂正が施されてゐることで徹底されてゐる。2017/11/19
イエンス
3
維新元年(1868年)とはいえ、幕藩諸侯の対立混迷はますます顕著尖鋭を極め、鳥羽、伏見の戦塵いまだ消えぬ京阪に神戸事件、堺事件と立てつづけに攘夷騒動が勃発した。 堺攘夷事件の詳細を丹念に掘り起こしフランス側文献も含めて検証総覧された著作が大岡昇平の最後の労作と成った。 武士封建制と天皇制の歴史的旧弊と貧困層からの搾取構造の継続が、相も変わらず農民、町人、下級武士の常なる生殺与奪のうえになりたち、無名の衆人が歴史的混迷のなかですり潰されていく命運はすこしも変わりなかったことは銘記されるべきだろう 2020/06/12
iwasabi47
2
事件そのものだけでなく、鳥羽伏見の戦い以後新政府の外国承認の時期と被り、上層部の動きや残された史料の空白など面白く読めた。森『堺事件』と一緒に読むと味わい深いかな。2022/03/22