中公新書ラクレ<br> 神になった日本人―私たちの心の奥に潜むもの

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中公新書ラクレ
神になった日本人―私たちの心の奥に潜むもの

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  • サイズ 新書判/ページ数 280p/高さ 18cm
  • 商品コード 9784121506870
  • NDC分類 172
  • Cコード C1221

出版社内容情報

古来、日本人は実在した人物を死後、神へと祀り上げてきた。神社・仏閣に鎮座するのは、空海、安倍晴明、平将門、徳川家康、西郷隆盛、そして名もなき庶民である。しかし、実在すれば誰でも神になれるというわけではない。人が神になるためには、残された人びとが抱く、生前のその人物に対する畏敬や畏怖の念、後世にも伝わる「物語」が何よりも必要となる。十一人の著名な人物とかれらを祀る神社や仏閣を訪れ、「人神」たちに託された「物語」に耳を傾けながら、日本人の奥底に流れる精神を掴みだす。

内容説明

古来、日本人は実在した人物を、死後、神として祀り上げることがあった。空海、安倍晴明、平将門、崇徳院、後醍醐天皇、徳川家康、西郷隆盛、そして名もなき庶民たち―。もちろん、誰でも神になれるわけではない。そこには、特別な「理由」が、また残された人びとが伝える「物語」が必要となる。死後の怨霊が祟るかもしれない、生前の偉業を後世に伝えたい―。11人の「神になった日本人」に託された思いを探りながら、日本人の奥底に流れる精神を掴みだすとしよう。

目次

第1部 見えざる「力」を借りるために―顕彰神(藤原鎌足―密談の地に鎮まる最初の人神;弘法大師空海―仏に選ばれた天才;安倍晴明―呪術に長けた陰陽師への憧憬;楠木正成―発見された忠臣のシンボル;豊臣秀吉―神になることを望んだ天下人;徳川家康―東国から全国を照らす神;西郷隆盛―思慕と敬愛の「記憶装置」)
2部 ひょっとしたら祟るかもしれない―祟り神(崇徳上皇―黄金に輝く「天狗の棟梁」;後醍醐天皇―北朝を望む、南朝の遺魂;佐倉惣五郎―怨霊から顕彰神となった義民;平将門―日本資本主義の中核に眠る、反権力のシンボル)
なぜ人びとは、死者の「たましい」を祀るのか

著者等紹介

小松和彦[コマツカズヒコ]
1947年東京都生まれ。民俗学・文化人類学者、国際日本文化研究センター名誉教授。東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程修了。専攻は文化人類学・民俗学。信州大学助教授、大阪大学教授、国際日本文化研究センター教授、同センター所長を歴任。日本の歴史・文化の周縁に姿をくらます鬼・異人・妖怪などを手がかりに、日本人の心の奥底に潜むものを探る研究を続ける。2013年紫綬褒章受章。2016年文化功労者(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

trazom

71
人神信仰には、顕彰神と祟り神の二つの系統がある。本書は、顕彰神として、藤原鎌足/空海/安倍晴明/楠木正成/秀吉/家康/西郷隆盛、祟り神として、崇徳上皇/後醍醐天皇/佐倉惣五郎/平将門が取り上げられている。談山神社、湊川神社、吉野神社、平安神宮…全て明治期に創祀された神社である事実を前にして、日本古来の怨霊信仰が、明治以降、国家統治のための顕彰神信仰に変貌してゆく危うさを知る。私は、その象徴が官軍の死者だけを祀る靖国神社だと思う。滅ぼされた側を丁重に祀るという日本人の美徳を失った明治政府の本性がそこにある。2020/09/10

紅香

34
日本人にとって死者のたましいとは亡くなった人の物語。忘れることはたましいの死。社とは記憶装置であるという考えにロマンを感じた。秀吉や家康が生前から死後は冥界へと逝かず、この地に残って神として守護していきたいという永遠の気持ちに驚かされた。他にも天龍寺が後醍醐天皇の鎮魂だったりと複雑な人間模様が錯綜している。神社仏閣から歴史を見る切り口は面白い。そしてこれからも清明神社のように脚光を浴びたり、自然淘汰を繰り返す。それは誰かの消えて欲しくない思いにかかってる。読んでるうちに行ってみたい場所がまた増えた。2020/05/27

テツ

19
必死に生きた足跡を、その人生そのものを畏れ敬われるほどに鮮烈なものとした人間は神になる。後世の人間が故人を神として祀りあげるにはどんな理由があるかということがよく解る一冊。生きた証が物語となり伝説となりやがて人は神となる。そこに為政者の何らかの目論見があることは確かだし現実のリアルな故人とはかけ離れた存在となっていることは確かなんだけれど、そうして一段上のステージへと押し上げ祀るシステムには基本的に畏敬と愛が満ち満ちているように感じて好きだな。この国に神は八百万。人からなった神々はみんな鮮烈に生きた。2020/07/11

魚京童!

11
神の概念が諸外国と違うよね。いっしょくたにしてるよね。言葉狩りをしなければならないと思う。神とは一体。存在するだけで神なのだろうか。現世に影響を与えるから。僧とは。仏陀とは。目指すさきと、上から降ってくるもの。理不尽。世界の条理と私は戦うときに拠り所にするもの。何を考えればいいんだろうね。誰も悪くない。ただ生きているだけ。2024/07/06

九曜紋

9
井沢元彦が「逆説の日本史」で、日本史を正しく理解するうえで見逃してはならない要素のひとつとして、「怨霊への畏怖」を挙げていたが、民俗学者である著者はさらに掘り下げて考察する。人神崇拝にはおおきく分けて生前の事績を称える「顕彰神」と井沢も述べているような「祟り神」がある。そして神を祀るための寺社は記憶装置としても機能する。人を死後、神として祀る文化をもって日本人の神概念をすべて説明できるものではないとしつつ、改めて日本文化を理解する一助となった。 2020/07/11

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