出版社内容情報
斎藤秀雄とともに、日本の音楽教育をリードし多くの優秀な音楽家を育て、演奏家としても生涯活躍した井口基成。そして、妹・愛子、妻・秋子。「井口一門にあらざれば、ピアニストにあらず」とまで言われ、今日のピアノ界に深く浸透した影響力と、愛憎渦巻く人間のドラマを描くノンフィクション。
①戦前~戦後、終始人気演奏家だった(途中で演奏活動を止めた斎藤秀雄とは対照的)、②人望のあるリーダー格(「男気がある」江戸英雄の評)、③優れた音楽性とレパートリーの広さ(バロックから近代まで、演奏会で音楽史を弾ききれる)、④門弟3000人と言われる名伯楽(妹・愛子、妻・秋子も含めた井口一族から多くの名演奏家を輩出)、子供のための音楽教室設立、桐朋学園音楽学部の創設など、音楽教育への貢献。桐朋学園大学学長をつとめた。⑤楽譜の校訂者としての業績(春秋社版の楽譜「世界音楽全集」。スカルラッティからドビュッシーまで)
以上、「ピアノ界の天皇」と呼ばれた井口基成の「功」のみならず、スキャンダルや挫折など「負」の側面もあぶり出し、その人間像の全容にせまる。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
trazom
94
ピアニストとして、そして、音楽教育者としての井口基成先生の偉大さだけでなく、戦前から戦後の音楽界の動きがとてもよくわかり、大変面白い。パワハラとしか言いようのない基成先生のレッスンの厳しさは有名だが、その背後にあるこの先生の人間的な魅力がよく描かれている。井口一門と言っても、秋子先生、愛子先生、基成先生それぞれの違いもよくわかる。ただ、本書は、基成先生の女性問題、井口家の修羅、吉田秀和先生や斎藤秀雄先生の闇など週刊誌的な話題が多く(それはそれで面白いが…)、ピアニズムなどの音楽的な分析が乏しいのが残念。2022/08/27
松本直哉
27
中学生のころ、白い表紙の印象的な井口基成校訂のパルティータの楽譜で勉強してバッハの世界に開眼した私にとって井口は恩人のような存在。ドイツ一辺倒なのかと思っていたら留学先はフランスでイーヴ・ナットに師事、早くからスクリャービンに取り組み、バルトークやラヴェルの出来立てほやほやの協奏曲を日本初演するなどレパートリーは幅広い。加えて校訂者そして教育者としての八面六臂の活躍は、近代日本の音楽史そのものといってもいい。20年以上かけた各方面への取材から得られた貴重な証言から、豪放磊落にして繊細な人間像が浮かび上がる2024/02/28
都人
5
私は50年にも及ぶクラシック音楽のファンだが、井口基成の名前を知ったのは、今年の6月に小沢征爾氏の「兄弟と語る」を読んだときだ。日本のクラシック音楽の歴史・桐朋学園の歴史の詰まった600pの本だ。馴染みのある音楽家がそれこそキラ星のごとく登場する。 8月11日、中丸美繪著「斉藤秀雄の生涯、嬉遊曲鳴りやまず」を読む。クラシック音楽ファンにとって至福の時だ。 8月17日、中丸美繪著「朝比奈隆 オーケストラ、これは我なり」を読む。大変面白く拝読した。この二冊はこのブログで検索しても出て来ない。ここに書く。 2022/08/01
Toshiyuki Marumo
3
とても読みごたえがあった。 戦前、戦中、戦後を生きた一人の巨人であるピアニスト・教育者としての井口基成は、恐るべきエネルギーの人であると同時にひどく悲しい孤独な人でもあった。 晩年の井口の修羅の姿は、巨大な夕日が赤く燃えながら沈んでいくのをただ見守る時のような寂寥と無常を感じさせる。 この本の記述の中には現役の音楽家やその家族にとって触れてほしくないであろうエピソードも数多く描かれている。 それを描く、描かざるを得ない著者の中村美繪氏の内面にもまた修羅があるのではないかという感慨も浮かぶ。2022/08/07