内容説明
一瞬の隙に幼い娘が消えた―絶望の果てにバランスを失っていく妻と夫、危うい喪失感のうちに浮び上がる「もうひとつの記憶」…。倒錯的な美意識と痛烈な諷刺。イギリス文学界の奇才が、90年代の「暗黒郷」を幻想的に描く。ウィットブレッド賞受賞。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ケイ
119
冒頭から入れ替わりで続く2つの衝撃的な場面。どちらもあまりに痛々しい。なのに感傷に浸っている間もなく、わたしも会議に出席させられる。政府の作る『子育て要綱』、だんだんとネジの歪みがキツくなっていく。そして、ラストの展開。ここは、感動するところなのかもしれないが、私は目をそらした。なんて無茶をするのだろうか。それでまた失ってしまったらどうするの?もっと、大切に、大事に扱いなさいよ、と腹がたつ。そして、チャールズ夫婦のことなんか、どうでもいいじゃないかと思う。解説は説教臭くてイヤだ。2017/02/21
まふ
99
サッチャー時代を「負」と見る作者の想いがにじみ出る物語。成功しつつある小説家の主人公は幼い娘を誘拐されて夫婦関係にひびが入る。友人は政界に出て将来の首相の後継者と目されるが、突然発狂して引退し、幼児状態に退行してしまう。サッチャー(?)首相は恋情を伝えたく主人公をつてにその行方を探そうとする…。サッチャーを胡散臭い(?)首相に仕立てるあたり、作者は相当サッチャー嫌いのようであることが印象に残ったものの、この作品全体をどう捉えるかは自分の中であまり整理できずに終わってしまった。G539/1000。2024/06/17
どんぐり
75
マキューアン9冊目。3歳の娘を連れて買物に行った先で娘を見失ったスティーヴン。行方不明から2年が経ち、今ではわずかな娘の記憶が時間の経過とともに痕跡をとどめているに過ぎない。外に出るたびに、5歳の女の子を見逃すまいと目を配る日々が続く。娘への行き場のない愛は肥大し続ける一方、妻のジューリーとはうまくいかず、それぞれ別個の喪失を前にして憤りが口に出されぬまま大きくなり、やがて別居状態に入っていく。この物語、いったいどこに向かっているのか、娘探しの真相究明を期待すると読者は裏切られるだろう。喪失と再生がテーマ2017/04/02
NAO
69
子どもを失くして心に傷を負った夫婦と、子ども時代に欠落があって子ども帰りせずにはいられない夫とその妻。サッチャー政権をモデルとしたデストピアの世界を舞台に、夫婦の在り方、家族にとっていかに子供が大切な存在であるか、子ども時代にしかできない経験をすることが人格形成にいかに大切なことであるかが描かれている。この作者にしては珍しいハッピーエンド。これまで読んできた作品は後味の悪いものが多く、あまり好きな作家ではない、と思っていたのだが、この作品は、今まで読んだものとはかなり印象が違っていた。2018/09/26
ヘラジカ
25
「時間」と「子供」人類にとって関心度の高い二つのワードを使って巧みに物語を織り上げている。複雑な小説ではあるが、よくよく考えてみると単純なことが書かれているのでは、と思わせるような素直さがあった。陳腐とも言えるほどの結末にも、眩しいほどの希望とその素直さとゆえに心が熱くなるような感覚すら覚えた。訳者の言う通り、確かに荒削りな印象を受けるがそれ以上の豊満さと力強さに心打たれる快作である。中盤で正気を装いながら半狂乱になってプレゼントを買い占める主人公の描写はなかなか迫力があった。2017/02/13
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