内容説明
精神的拠りどころを失いながらも、自己確立のためにもがきつづける人間のドラマ。“英国文壇の若き獅子”カズオ・イシグロの傑作長篇。’87年ウイットブレッド賞受賞作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
どんぐり
93
カズオ・イシグロの長編第2作目。これまで読んだ著者の作品では最も地味な作品。時代は1948年10月から1950年6月、戦後のニッポンを生きる老画家が次女のお見合いに自分が戦争協力者であった経歴を杞憂し、過去と現在を行き来しながら述懐する。英国人のイシグロが描くニッポンは、源義経や切腹、遊女、お見合い、オズ・ヤスジロウの映画でインプットされた想像の世界で、日本人のメンタリティや文化的な面でのリアリティに欠いているような読後感。すっきりしませんね。2016/06/04
クリママ
43
終戦後、1948~49年、浮世(歓楽街)を描いて名を成した画家の過去を織り交ぜた語り。幼少時にしか日本にいなかった作家が、どうして、あの当時の日本の家族の様子を克明に描けるのだろう。そして、見事な翻訳。家長が家庭のすべてを支配し、すべての責任を持った当時の様子が、正当だったのだと思われてしまう。戦中、戦後に彼が何をしたのかすべてがつまびらかにされるわけではないが、自分を正当化しつつも、次女の縁談の障害にならないように奔走する様は哀れでさえある。それは、後年の作品「日の名残り」を思い起こさずにはいられない。2023/01/03
フーミン
15
主人公が戦時中の自分の過去の記憶をたどりながらその矛盾を美化しようとするがうまく伝わらないもどかしさ。頑固な老画家であるけれどその気持ちもわかるようでいつのまにか共感していました。カズオ・イシグロの作品はモノトーンでしーんと静寂感が漂っているように感じます。2018/03/19
スイ
9
カズオ・イシグロ、上手過ぎて怖い。もうほんと怖い! 戦後の日本、戦時中に国威掲揚の絵を描いていた老画家が主人公。 物事の明かされなさが絶妙だった。 主人公が正当化、美化している自分と、周囲の反応とのズレが物語の世界を揺らす。 その揺れから船酔いのような気分で読み終えた。 是非再読したい作品。2017/03/15
AEVIN
5
登場人物に回想させる物語は、著者のお決まりな感じ。だんだんぼんやりとではあるものの物語が見えてくる。カズオ・イシグロの独善的な人間に対する批判的な態度やそれでも、独善的な自尊心の存在についてのある種の肯定のようなものも感じられる。『日の名残り』でもあったが、この『浮世の画家』では、年老いた人間の挫折感とともに、それを肯定的に捉えようとする人の心理を上手く描いたものなのでは。2016/02/27