新潮選書
日本売春史―遊行女婦からソープランドまで

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  • サイズ B6判/ページ数 234,/高さ 20cm
  • 商品コード 9784106035906
  • NDC分類 368.4
  • Cコード C0395

内容説明

「娼婦の起源は巫女」「遊女は聖なる存在だった」「遊廓は日本が誇る文化だった」など、これまでの売春論は、その是非を問わず、飛躍と偽善にみちた幻想の産物ばかりである。また、現代にも存在する売春から目を背け、過去の売春ばかりを過剰に賛美するのはなぜか?古代から現代までの史料を丁寧に検証、世の妄説を糾し、日本の性の精神史を俯瞰する力作評論。

目次

第1章 売春に起源はあるのか
第2章 古代の遊女は巫女が起源か
第3章 遊女論争―網野善彦による「密輸入」
第4章 「聖なる性」論の起源
第5章 中世の遊女と網野史学
第6章 近世の遊女史
第7章 岡場所、地方遊廓、飯盛女
第8章 日本近代の売春―廃娼運動と自由恋愛
第9章 現代日本にも存在する売春―カフェ、赤線、ソープランド

著者等紹介

小谷野敦[コヤノアツシ]
1962年生まれ。東京大学文学部英文科卒業、同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了。学術博士。現在、東京大学非常勤講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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キムチ27

46
初めて知った筆者。余りの鋭い舌鋒の連続にへぇ。客観的史論としての価値の有無は諸説あるとしても、内容はフムフム。取り上げられている諸氏や緒論で知らないものを教えて貰ったことで好奇心が募った。網野理論への反発は理解できるが、「売る」主体からすると問題有や無や疑問。とは言え、ともすれば一般的人々は歴史暗部から目をそらし続けている現状は事実。娼婦といえども、高級コールガールあり、ナナのような存在アリ(特に英仏のそういった存在は我が国と大きく異なる)中江兆民の実像や海外から見た村上作品に登場女性感は驚き2020/04/03

kenitirokikuti

10
図書館にて。再読。今回は松本修『全国マン・チン分布考』と合わせて読んだ。過去に巫女や遊女を聖なるものと呼ぶ論は、ユンギアン・フェミニズムのハーディング『女性の神秘―月の神話と女性原理 (ユング心理学選書 (8))』(原著は1935)に拠るものだそうな。伝奇SFで飽きるほど見たやつだ。『山口百恵は菩薩である』『前田敦子はキリストを超えた: 〈宗教〉としてのAKB48』なども同じ根の戯れ言なのだと思う。ネーチャンのケツ撫でたり女の子のスカート捲ったりってのは廃れ、今は犬猫が愛玩されてるのだと思う。2021/08/01

ゆき

9
真ん中から後半が痛々しいです。知能が低い目の女性がそれこそちゃんと「知らずに」奉仕してるのが稼げるから良いのか、読みながら悩みました。普通なら単純作業で薄給ですよね・・・・。うーん。2014/07/24

Gen Kato

7
「売る」性をやたら聖化するのは確かに違和感がある。歴史書には決して書かれない人間のいとなみのひとつとして、さまざまな考察や議論があるのは当然かもしれない。近現代であっても「ん?」というくらい事実の歪曲があるのだから、古代や中世の実態などは推して知るべし。けっきょく「仮説を楽しむ」というのがこうした「歴史」へのいちばんいい態度なのだろうな…2017/12/05

nizimasu

7
タイトルはなかなかおどろおどろしいんだけれど実際の売春の歴史というよりも日本において売春はどう論じられてきたのかというのが主題のよう。つまり売春は巫女に起源があるというような論や聖なる存在であるというような美化した論調にも与しない著者の主張が垣間見える。どこまでいっても売春は世界的に広汎にみられるものだという至極全うな主張がある。日本の歴史の見方は何処までも特殊性に着目するキライが多いが骨日本人にしても売春史にしてもその結論は至極ドラマティックでない所に落ち着くのが本来。日本人は過去を美化しすぎるのか2015/08/17

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