出版社内容情報
魔法のように『失われた時間』が浮かび上がる――絶賛された、川端康成文学賞受賞作。
都会で働き続けることに不安を抱き始め、志摩半島の一角に小さな土地を買い、家を建てて、新しい生の感覚を見いだしてゆく40代後半の女性を主人公に、人を救い再生へ向かわせるものを瑞々しく描き、「光る比喩」「正確で細密な描写」「静かな戦慄」と激賞された川端賞受賞作「海松」、その続編「光の沼」ほか2 編。
内容説明
舞台は、志摩半島の一角、小さな湾近くの傾斜地。そこに土地を買い、家を建て、改めて、自分と現実のすべてについて、新しい生の感覚を見出そうとして暮らす。場処を決めたのは、オスの雉。見知らぬ道をタクシーで通りかかったとき、ふと、歩いている雉を見て、奇跡に出遭ったように、心がふるえた。家の棟上式で一本ずつ立つ柱に、主である木を私は持つのだ、と感動する。生死のはざまで自分の皮を脱ぐ、ヘビの抜け殻を拾ってうける暗示…。そんな、ある生活事始めといった光景が、弾みと生彩ある言葉で展開される、川端康成文学賞受賞作。
著者等紹介
稲葉真弓[イナバマユミ]
1950年愛知県生まれ。1973年「蒼い影の傷みを」で女流新人賞、1980年「ホテル・ザンビア」で作品賞、1992年「エンドレス・ワルツ」で女流文学賞、1995年「声の娼婦」で平林たい子文学賞、2008年「海松」で川端康成文学賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
サンタマリア
44
          
            短編集。表題作の『海松』が一番良かった。本を開くと自然豊かな志摩半島の情景が目に見える。それに見惚れてしまい、自然が発する比喩という〈聲〉に耳を傾けることがおろそかになってしまった。あまりにも鮮明なせいだ。雉も、蛇のぬけがらも、猫も、行ったことのない灯台も。全てが鮮明だった。だったら〈聲〉が聞こえてくるまで何度でも読み返せばいいかな。『海松』はなにも変わることなく本棚におさまっている。2021/12/30
          
        majsan
32
          
            久しぶりに今の自分にピッタリと合う、共感できる本を読んだなぁというのが率直な感想です。最近若い人が主人公の本を続けて読んで、自分と全く関わりのなかった世界の話が多かったので、この本を読み終わった時には、いい本に出会ったなぁと嬉しくなりました。別荘生活なんてきっとこの先もすることはないだろうけれど、土のやわらかな匂いとともに自然を堪能する悦びを味わわせてもらった気分。2014/02/17
          
        ゆうゆうpanda
30
          
            「海松」東京の生活に疲れ、志摩半島に別荘を構えた中年女性。家を整え、家の回りに生えた果実でジャムを作る。飼い猫共々自然に馴染んでいく様子が丁寧に描かれる。「光の沼」親しんでいく対象は家の下の沼地へと。この二編は作者の実体験だろう。その熱中ぶりに驚かされる。作者の五感を通して、半島の家の住人になった気持ちがする。続く二編は創作。同じ半島の家を舞台にした「桟橋」。男との関係に悩んでいる「指の上の深海」。どちらも不倫の話だが、女性の心理にリアリティーがあり、惹かれるものがあった。2020/03/15
          
        Roy
22
          
            ★★★★★ 気分が鬱々としている時に光を見ると、その光がとても眩しくて、光自体が神であるかのような錯覚を起こすことがある。人間達はどうにもこうにも逃避的であるのだが、自然の美しさは堂々としてその場からの逃避を嫌う。この小説では、物体や生物の素朴な素材に燦々と陽が注がれ、素材に陽が当たるということは影が出来るのであって、その影からは腐食していくような生々しさをも感じさせる。だからとても美しいのだ。素材が集まって生活となる。その営みがどのように見えるかは自分次第であり、見る自分自身の状態も自分次第である。2009/05/22
          
        スパイク
15
          
            短編4編。はじめの2編は、「半島へ」と同じ味。あとの2編は半島にもなかった艶っぽいお話し。どっちもよかった。どっちが一般受けするかっていうと、もちろん後のほうだろうし、私もドキドキするの好きなんですが、始めの2編の良さがわからないようでは、まだまだコドモです。私も、コドモから抜けだせていないのでエラそうなことは言えないですし、たぶん20~30代に読んでたら「はぁあ?」ってな感想になったと思う。でもそんな20~30代の頃には、本心から好きだといえる生活に飛び込んでゆくオトナの”本物の”勇気はなかったと思う。2014/09/01
          
        


 
               
               
               
              


