出版社内容情報
介護施設に集う認知症の母の目に映るのは、かつて彼女が一番輝いていた時代。女性たちの人生に戦中戦後の日本が去来する傑作長編。認知症の母たちの目に映るのは、かつて彼女がいちばん輝いていた時代――。いったいどこに帰っているのかしら? 長い人生だったでしょうから、どこでしょうね。介護ホームに暮らす97歳の母・初音は結婚後、天津租界で過ごした若かりし日の記憶、幼い娘を連れた引き揚げ船での忘れがたい光景のなかに生きていた。女たちの人生に清朝最後の皇帝・溥儀と妻・婉容が交錯し、戦中戦後の日本が浮かびあがる傑作長篇。
村田 喜代子[ムラタ キヨコ]
著・文・その他
内容説明
満州国建国後、イングリッシュ・ネームをもち、華やかな天津租界で暮らした日々に、清朝最後の皇帝・溥儀と妻・婉容が交錯する、天野初音97歳。出征し帰らぬ人となった3人の兄、兄弟のように育った馬たちに再会する、土倉牛枝88歳。戦時中、郵便配達婦をして、六男二女を育て、出産の痛みに包まれた時間に回帰する、宇美乙女95歳。認知症の老女たちのなかに宝石のように眠る、輝かしい記憶たち。そのゆたかな世界を描く長篇小説。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
いつでも母さん
205
玄冬小説というのがあったが人生100年時代だもの、親問題が控えていた。有料老人ホームにいる認知症の母・初音の許へ通う姉妹の心情と初音自身の過去への思いが綾をなす、切なく優しい気持ちの読後感だった。満州で暮らした頃を甦る初音だが、初音の心の中は初音だけのものなのだ。ホームの他の入居者の事や介護士の接し方等・・苦しいけれど暗くはない。認知症と言ってもそれぞれ進み方や程度は違う。いつか目の前の我が子の事を忘れて過去に生きるのかなぁ。一番楽しかった頃に戻るのかなぁ。だったら認知症も悪くはないね。あの頃に戻りたい。2018/12/03
なゆ
133
認知症の母たちの話なのに、悲しくなるのではなく心穏やかになるのはなぜだろう。ああ、こういう風に見守ってあげられたら。介護施設で暮らし、ほとんどの時間を夢うつつで過ごすお年寄りたち。今は亡き私の祖母の世代。うつらうつら夢の中で、かつて暮らした華やかな天津租界の頃と行き来しているらしい初音さん。牛枝さんは戦争で軍用馬にされてしまった3頭の馬たちが会いに来てくれている。乙女さんのおまじないは“コーゴさん”。認知症でも、心に蓋をしてた戦争のイヤな記憶は消えない。お年寄りたちの様々な過去が垣間見えて、切なくなる。2018/12/28
ケイ
128
小さな島に住む老婆3人のお話は好きだったけど、こちらは入り込めなかったなあ。アリスの冒険の旅は未知へのワクワクと畏れがあるが、痴呆の老女たちの夢の世界はきれい過ぎて。先日、終の住処とするべく老人ホームへ移った祖母のことも考えながら読んだ。ホームにたずねると、祖母が今まで私にしてくれた色んな事が浮かび、私自身が過去の記憶への旅をしている気持ちになった。今度行ったら、テーブルを囲む老女たちの若い頃を考えてしまいそうだ。2019/11/28
ちゃちゃ
121
初音さん(97歳)の記憶の底に眠る、戦前の華やかな天津租界での日々。読み終え装画を見直すと切なく温かい気持ちに包まれた。鮮やかなドレスに花飾りのついた帽子…。ホームで夢とうつつが混ざり合う日常を過ごす初音さん。認知症のお年寄りは自由だと介護士の青年が言う。過去の積み木を自由に積み直して人生で一番良かった時代に帰る。幸せだった日々をもう一度生き直しているのだと。認知症のお年寄りを肯定的に捉え直す作者の筆致が優しい。「良い介護とは人生の終幕の、そのお年寄りのいい夢を守ってあげること」寄り添う愛情が素敵だ。2018/12/19
とろとろ
111
認知症の母たちの目に映るのは、かつて彼女がいちばん輝いていた時代。90歳を過ぎて認知症が進み、老人ホームで暮らす女性達とその娘たちの話。天津租界の話が出てくる。認知症は記憶がどんどん昔に戻っていくのだそうで、この小説の主人公の老婦人は、その租界地にかつて住んでいた時代の記憶で今を生きている。認知症は新しい記憶をだんだんに失い、過去へ過去へと遡り、最後は呼吸することさえ失っていくらしい。その代わり、身体の四肢の痛みも、癌の痛みも忘れてしまうので、最後はとても穏やかに眠るようなんだそうな。なるほど。2019/02/23