ハイスクール1968

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  • サイズ B6判/ページ数 255p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784103671046
  • NDC分類 289.1
  • Cコード C0095

出版社内容情報

★この本をお薦めします★~紀伊國屋書店経理部・奥平 亨
こういう私的な回顧ものを読むと、その人の成り立ち=ネタ元がよくわかる。宗教学専攻でソウル留学経験があり、サイードの翻訳もしているけれど、今は映画史を生業としているヘンな大学教授はこうして生れた!68年はよく言われるように「革命の年」だ。同時に構造主義も原将人の自主映画も寺山修司の演劇もマンガ雑誌ガロも全部リアルタイムだった。ものすごく分厚い時代だった。僕たちが50歳になる10数年後、高校生だった80年代後半をどのように回顧できるだろうか?

内容説明

ビートルズも、三島由紀夫も、毛沢東も、まだ生きていた。1968年、15歳の少年は、ジャズと漫画と詩を求めて新宿へ向かった。反体制運動と若者文化は彼にどんな洗礼を浴びせたか?話題沸騰の批評的自伝。

目次

第1章 1968.4
第2章 1968.7‐12
第3章 1969.1‐7
第4章 1969.5‐11
第5章 1969.12.8‐1970.1
第6章 1970.2‐1971.3
第7章 1971.4‐1972.3
エピローグ 十八歳と五十歳の四方田犬彦の対話

著者等紹介

四方田犬彦[ヨモタイヌヒコ]
1953年、西宮に生まれる。東京教育大学農学部附属中学、高校を経て、東京大学文学部で宗教学を、大学院で比較文学を学ぶ。現在は明治学院大学教授として映画史の教鞭をとりつつ、映画、文学、漫画、都市論といった領域で幅広い批評活動を続けている。『月島物語』(集英社文庫)で斎藤緑雨文学賞を、『映画史への招待』(岩波書店)でサントリー学芸賞を、『モロッコ流謫』(新潮社)で伊藤整文学賞を受けた
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

fseigojp

7
筑波大付属駒場高校の前身の高校に通っていた著者の青春記 15歳ころからフリージャズをやってる新宿の喫茶に入りびたり、高校三年間の数学を中学で終え、つまんないから文系に鞍替えしたと豪語 いやあ、ある意味爽快2015/07/10

Sumichika3

6
「不可能な夢」とでもいうべき形容非矛盾な、或いは形容矛盾な、イマジナリーな存在論的範疇を仮定すると、本書を読んで感じた羨望はその範疇に帰属せしめることができようか。とはいえ、作者固有の実存性自体は、書かれることで固有性を超え高校生の経験として限定的な普遍性をもつものかもしれない。さらに時代性を超えた相対化が可能なら、不可能な夢という構成は、断片的には通約可能な経験へと質的に転化したともいえるかもしれない。その意味で両義的な価値を感じるとはいえる。『グロテスクな教養』での高田里恵子氏の痛烈な批判あれど。2015/07/14

takao

2
ふむ2022/12/01

パヤパヤ

2
高校生全共闘の挫折感から工場でプロレタバイト、という要点ばかりを知って一瞬眺めたら万引きする気が失せ、読んだ気になっていた本書。今回敢えて取り寄せ読めば。これ冗談ですよね四方田さん。バリ封って、外部者が作ったという自分と何の関係もなく誂えられた流行のバリケ-ド内数時間いたというだけの話。食べ物をとりに一旦帰宅し再び戻れば他の生徒も帰宅し、後はみな遅かれ早かれ個々の高校生活に戻ったって、そんな逸話にどうして「挫折」出来るか。冗談ぶりがボウルズ自伝「止まることなく」彷彿とさせるとか云ったら褒めすぎだしな。2013/09/22

よしだ まさし

1
四方田犬彦『ハイスクール1968』新潮社を読了。 1968年に高校生となった著者が、自分自身の高校時代を描いた自伝的小説…かと思ったら、あとがきに「エッセイ」とある。「エッセイ」じゃないだろう、これ。 著者は僕より5才年上なのだけれど、あの頃はたったの5年で高校生をめぐる環境はガラッとかわっている。本書を読んで、そのことをあらためて痛感させられた。高校生の時に政治のことなんて考えたこともなかったし、学園紛争だのバリケード闘争だの、そんなことにもまったく接点なんてなかった。ま、同じ世代でも、そういうことに興2011/11/02

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