内容説明
レクター博士はアメリカに帰還する。執念を燃やす復讐鬼は、クラリスを囮に使って博士をおびき出す計画を整えつつあった。その先には、究極の美食家に対する究極の屈辱となる報復が用意されている。かくして、“怪物と天使”の運命は凄絶に交錯するときを迎えた…。スティーヴン・キングをして「前作を凌ぎ、『エクソシスト』と並んで20世紀に屹立する傑作」と言わしめた問題作、登場。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
439
「前二作を凌駕している」とのスティーヴン・キングの評を首肯するかどうかは意見が分かれるかも知れない。ハンニバルとクラリスとの息詰まるサスペンスを取るなら『羊たちの沈黙』だろう。ただ、その作品を踏まえた上で本作を読むと、トマス・ハリスの真骨頂はやはりこちらかと思う。何たる耽美にして優雅なる終幕か。この作品が描こうとしたのは、実にこの退廃の美ではなかったかと思わせる。それはまさに「善悪の彼岸」に存するものであり、過去も未来もその全てを現在時に凝縮し、時間を失わしめるものである。2021/11/19
こーた
242
ワイン、料理、狩猟、養豚、そして肉屋。食べる、という行為を連想させる描写が、生々しくも恐ろしい。悪党に雇われた悪党と、その悪党を利用しようとする悪党が、怪物を追い掛ける。一方で当の博士は我かんせず。記憶の宮殿を優雅にたゆたい、クラリスはその宮殿へ分け入って博士の居所を捕らえようとする。さきに博士のもとへ辿り着くのは、悪党たちか、クラリスか。ある瞬間を境に物語は顛倒して一気に幻想性を帯びる。まるでクラリスとともに、読む我々も博士の宮殿に絡め取られてしまったかのよう。あるいはそれ以前の物語のほうが、⇒2020/07/14
のっち♬
130
レクターの性癖や嗜好を軸に復讐劇とロマンスを展開。剥き出しのエゴが交錯してスリルを高める誘拐劇は怒涛の推進力があり、レクターとクラリスの心理学的な掘り下げと交感は神話性と"記憶の宮殿"(メイスンの文明的ネットワークと対極)のハイブリッドで物議を醸す程ロマンティックな着地をした。善悪・明暗・愛憎といった二項対立を自在に相対化させ現代的カオスを表出させる一方で、"明晰な光"の希求が切実な故に隙を見せ、時間の不可逆にジレンマを持つレクターの人間味は面白味があるが、クラリスよりマーゴの強かさの方が魅力的に映った。2023/07/05
修一朗
99
本場の四川火鍋では羊の脳みそは割にポピュラーな食材でフグの白子みたいなものだし食べたことはあるけど自分は食感も含めダメみたい。ヴァージャーさん,豚こだわりの処刑法は理解できるけれども,ずいぶんとあっさり刑場に侵入されちゃうでないの。クライマックスはクレンドラーさんロボトミーディナーだったけれど,その後の展開はちんまりと落ち着いてしまった。あれほどのモンスターレクター博士だったのに,心身ともに良きパートナーになっちゃって,どうしたクラリスって感じ。ラストは映画のほうが好みだな。 2016/05/22
アナーキー靴下
89
凄い結末だった。いや、どちらかといえば展開としては想像した通りかもしれない。ただ、その結末の意味するところが、想像を超えていた。「自分」というものの捉え方について、最近は平野啓一郎氏の分人概念がしっくりくる、と思っていたけれど、これを読んで久々に、「自分の中の本当の自分」という概念の強烈な魅力を認識した。でも同時に、剥がされてしまった表層的な自分、仮面の自分、そういうものがその人らしさを形作っていて、それが失われてしまったらもう取り戻すことはできない、という恐怖も…。何一つ、戻すことなんてできない。2022/04/20