内容説明
原爆投下は、たった一語の誤訳が原因だった―。突き付けられたポツダム宣言に対し、熟慮の末に鈴木貫太郎首相が会見で発した「黙殺」という言葉。この日本語は、はたして何と英訳されたのか。ignore(無視する)、それともreject(拒否する)だったのか?佐藤・ニクソン会談での「善処します」や、中曽根「不沈空母」発言など。世界の歴史をかえてしまった誤訳の真相に迫る。
目次
序章 誤訳はなぜ起きるのか
第1章 歴史を変えた言葉
第2章 外交交渉の舞台裏
第3章 ねじ曲げられた事実
第4章 まさかの誤訳、瀬戸際の翻訳
第5章 文化はどこまで訳せるか
第6章 通訳者の使命
著者等紹介
鳥飼玖美子[トリカイクミコ]
東京都生れ。立教大学教授。同大学院異文化コミュニケーション研究科教授。上智大学外国語学部卒業。コロンビア大学大学院修士課程修了。大学在学中から国際会議、テレビなどで、同時通訳者として活躍。1997(平成9)年より立教大学教授。2002年より同大学院異文化コミュニケーション研究科教授。また’98~’04年まで「NHKテレビ英会話」講師を務める。専門は、英語教育、通訳翻訳論、英語コミュニケーション論。日本ユネスコ国内委員会委員。国立国語研究所評議員。国際翻訳家連盟理事。日本通訳学会副会長。日本翻訳家協会理事
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感想・レビュー
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tomi
37
国際会議の同時通訳を務めていた著者による通訳論。異文化コミュニケーションの難しさがよくわかる。日本の政治家が得意の「善処します」等の曖昧な語句による誤解、国によってイメージが違う動物などの比喩の難しさ、同じ訳語でも意味するものが違う事(例えば倫理とethic)。通訳の意図的な誤訳による情報操作の問題、更に英語が得意でも通訳なしで会談する事の落とし穴、幕末の通詞の話など盛り沢山の内容。尚、タイトルは原題の「ことばが招く国際摩擦」のほうが適切ではないか?2017/02/13
やっさん
20
通訳の世界で活躍されている第一人者による、通訳・翻訳論と言ってもよい書。連合軍による無条件降伏勧告を黙殺した日本、それを"ignore(無視する)"と訳されてしまって…。日本人同士でしか共有しえない、言葉の裏側を汲み取ってもらおうとする外交は"歴史を変えてしまう"ことがあるのだな。中曽根首相の「不沈空母」発言など、通訳者は会話の背景を事前に叩き込む必要がある一方、叩き込みすぎて訳が先走ってしまうこともあるという、繊細な仕事。単なる言葉の変換ではなく、文化の次元になってくる難しい仕事だな。2016/03/18
Nobu A
17
国益が関わる外交等で実際に起きた誤訳を紹介。国内では幕末の通詞、海外ではメキシコ制服にスペインに力を貸した通訳者まで遡る。様々な翻訳論や歴史を俯瞰しながらの翻訳者の在り方等まで話が及び、鳥飼先生の考察が非常に示唆に富む。文化的背景も知らなければ、訳出困難な表現。一方で、文化の架け橋として訳出を試みる努力。翻訳は奥が深く、意義がある営み。なければ、今のグローバル化はなかったはず。日本人同士だって誤解は多々生じる。外国語だと尚更。本著を通して言葉の大切さを痛感。読みたい引用本も多数。興味を掻き立てられた良書。2019/06/01
海恵 ふきる
15
通訳史上の事件や誤訳・名訳を具体例としてふんだんに紹介し、それぞれについて検討を加えていく。中でも、外交上の配慮から意図的に誤訳された例は興味深かった。あえて曖昧な訳にすることで国内の混乱・批判を抑える一方で、実際にはどんなことが協議されているか分からないままに、国民は置いてけぼりを食らう。また、どこまで相手の文化を考慮して訳すかは難しい問題だが、ドナルド=キーン先生の英訳には感嘆した。日本語と英語の両言語に精通しているからこそできる芸当である。通訳という行為について、様々な示唆を与えてくれる本だった。2021/11/22
hanagon44
14
意図的なものも含めて誤訳で作られてきた世界の歴史の数々に衝撃を受けた。通訳を恣意的に利用し,巧妙な落としどころや,ある意味ごまかして煙に巻き,説明責任を果たしているようでぼかしている交渉事の奥の深さに戦慄した。今後無くなると推測されている仕事に通訳などがあげられているが,この本を読むと,それは果たして本当だろうかと疑問に思う。機械による翻訳は,様々な文化背景を的確に抽出し,対象となる言語にあった訳ができたと判断する基準すら内包できるのだろうか。それとも人間が機械側に近づき単純化していくのだろうか。2016/04/17