内容説明
あまたの詩人を輩出し、イタリア帰属の夢と引換えに凋落の道を辿った辺境都市、トリエステ。その地に吹く北風が、かつてミラノで共に生きた家族たちの賑やかな記憶を燃え立たせる―。書物を愛し、語り合う楽しみを持つ世の人々に惜しまれて逝った著者が、知の光と歴史の影を愛惜に満ちた文体で綴った作品集。未完長編の魁となったエッセイ(単行本未収録)を併録する。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
はたっぴ
82
読友さん達のオススメを何度か目にしながら読まずにいたことを後悔。出逢えて良かったとほくほく気分で読了した。50代後半から亡くなるまで世に出された著者の作品はわずかしかなく、これからも跡を追うことになるのは間違いない。読書好きの母もさすがの嗅覚で「文章が素晴らしいわね」と虜になる。冒頭からトリエステの詩人・サバへの思慕が乗り移り、早速サバの詩集を取り寄せた私。亡夫の家族について描かれた回想的エッセイだが、ミラノでの貧しさを語りながらも、著者の品性を感じさせる描写が心にしみわたる。須賀さん訳の詩集も楽しみだ。2016/04/04
コットン
76
豊かな愛情で心熱くなるエッセイ。導入部のイタリアはトリエステの詩人サバの作品世界を彷徨うようなトリエステでの旅の描写が素敵。また、夫と結婚後まもなく、夫の仕事からの帰宅が遅く心配していたら「うっかりして、お母さんのところに帰っちゃった」という楽しい話や夫の親族や友人のハラハラする話など一見軽いエッセイ風でありながら短編集のような文学性を持った作品。2015/01/24
nobi
74
イタリアの辺境の町トリエステへの一人旅の語りは穏やか、でもH.C=ブレッソンの写真のように見過ごしてしまいそうな情景をも印象深く見せてくれる。何気なく見えて夫を亡くした悲しみを抱えた旅であることも知る。その彼女がミラノに住む夫の親戚たちと再び出会う。生きる意欲を無くすほどに身内の死に見舞われた裕福とはいえない人たち。彼らに心通わせつつ、その貧しさも悲しみも人懐っこさもカラヴァッジョのように克明に描いていく。その穏やかな起伏が続く語りの中、親戚の一人からかけられた言葉に、その意外さと優しさに胸を衝かれた。2025/01/30
kaoru
52
主に夫ペッピーノの一族を綴ったエッセイ集。貧しさと不幸が染みついた一家を描く筆致は写実画のようにリアルだ。鉄道員官舎で姑や夫と過ごした日々から、夫と死別して日本に帰り、義弟のアルドから官舎を人に譲ることになったと告げられるまでは須賀さんにとっても長い年月だった。貧しい家庭に育ったインテリの夫の出自を思い知らされる『雨のなかを走る男たち』、姑との交流を描く『セレネッラの咲くころ』、ナタリア・ギンズブルグとカラヴァッジョの絵が登場する『ふるえる手』、どれも背後にどこか言いようのない悲しみと詩情が漂っている。2020/09/04
aika
49
編まれる言葉の連なりに、哀しみが哀しみのままに癒されていく。亡き夫ペッピーノと、彼が愛したトリエステの詩人サバの姿が重なるようにして、鉄道官舎に住む夫の家族に巣くう貧しさと、まとわりつく死の色が絶えず重奏します。やがて一家の悩みの種だったアルドが家族をもち、もがきながらも細やかな生活を営む姿は、悲劇を振り払う灯りでした。やっと連れていってくれた小さな菜園で、くぐもった声で話す姑と須賀さん二人だけの時間には、あの愛しい人たちには決して会えないという現実の中で、じっと彼らを思い続ける人たちの確かさを感じます。2022/08/21
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