内容説明
伯母の家に預けられた村の子の眼に映る周囲の人びとの物狂いの世界を綴る「白痴群」。ともに五十歳近い初婚夫婦が、一匹の兜虫の生と性のすさまじさ、むごさを見ながらその死を看取る「武蔵丸」(第27回川端康成文学賞受賞)。他に「狂」「功徳」「一番寒い場所」など、「書くことは、私には悲しみであり、恐れである」という著者の、業曝しの精神史としての私小説6篇を収録。
著者等紹介
車谷長吉[クルマタニチョウキツ]
1945(昭和20)年、兵庫県飾磨生れ。広告代理店に勤務のかたわら、執筆した短篇の文芸誌掲載が機となり、以後20年余にわたって私小説を書き継ぐ。うち6篇を収めた『塩壷の匙』(’92年刊)により芸術選奨文部大臣新人賞、三島由紀夫賞を受賞。他の作品に『漂流物』(’96年刊、平林たい子文学賞)、『赤目四十八瀧心中未遂』(’98年刊、直木賞)、「武蔵丸」(2000年発表、川端康成文学賞)など
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感想・レビュー
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スミス市松
16
「誰の心の中にも『一番寒い場所』というものがある。心にこれをやらなければいけないと思い決しながら、ともすればそれが実行できない部分である。行動できない部分である」――読む程に、吹き荒ぶ寒い場所に響く「私かな鬼哭」が暴かれる。とはいえ本書では「白痴群」こそ人間の厭らしい心模様が半紙にぼたぼた垂らした墨汁のように塗してあるが、「狂」や「功徳」での追懐は甘美的ですらあった。そして清絶たる筆致の「武蔵丸」、儚く生けるものへの愛しさは著者の仮借なき眼差しの反映として胸に迫る。夏が終わることの。人が老い過ぎることの。2018/06/22
出世八五郎
12
絶版短編集。Bookoff250円。前読二作よりは読み易く比べると毒は少ない。暗い暗い私小説家というイメージが強いのに、一番寒い場所なんて明るいからそれが覆る。絶版には不納得。以下簡易感想。【白痴群※改題:贋風土記】親戚の家に預けられた子供の視点から大人の世界。【狂】異の人。恩師立花先生の話。【功徳】ラジオをくれた同僚亡くなる。【愚か者】子供の文章で変なおじさんを描く。【武蔵丸】兜虫。【一番寒い場所】山口二矢の友達との一期一会。2014/06/03
三柴ゆよし
10
表題作「武蔵丸」は、車谷氏の作品にしては毒がない。以前読んだエッセイによると、氏自身もそれは認めているらしい。しかし、僕はこれを氏の短篇の中でも最高峰の傑作だと思った。文章が、透き通っている。一匹のカブトムシに手向けた、著者の悲痛な鎮魂の歌である。また徹底的に戯画した自身を、小児の日記体で描いた「愚か者」シリーズからは、車谷長吉の小説の本質が垣間見える。「ママのおともだち」、「絵はがき」、「すいか」には爆笑したが。2009/09/01
nuno
7
川端康成文学賞の表題作よりもその他、特に「一番寒い場所」が良かった。孤立無援で生きていると笑う逆木は渡航の末、頑として言わなかった本名を明かして車谷に金を無心する。逆木の「精神」は運動を停止したのだ。心の一番寒い場所に屈した。自殺した女の手鏡に顔を写した車谷が見たのは憧れとしての死か精神の死か。後者だと思う。自殺に追い込んだ逆木も底流を当て所もなく彷徨うのかもしれない。考えれば考えるほどガリっと傷を抉ってくる惨い作品だ。これぞ車谷長吉という感じ。他にも「白痴群」「狂」「愚か者」など、毒が満ち満ちている。2014/09/29
parakeet_woman
4
「私の書きたいのは自己の精神史としての私小説であった。F・カフカ。宮沢賢治。あるいは、萬葉集の詩人たち。この人たちは文学を商売にしなかった。私はいま、くり返しそれを思うのである」。私小説に対して半ばステレオタイプ化した反感を抱いていたけれど、やはりそういった感情というのはおしなべて浅はかである。我々はみな物語を生きているというのに、すべては自己から出発するというのに、私という精神を歩けばいつか、どこか遠いところにたどり着くというのに、なぜそれを書きそして読むことが卑小だと思ったのか。愚かな思い込みである。2019/12/14