内容説明
ためらいつづけることの、何という贅沢―。ひとりの老人の世話で、異国のとある河岸に繋留された船に住むことになった「彼」は、古い家具とレコードが整然と並ぶリビングを珈琲の香りで満たしながら、本を読み、時折訪れる郵便配達夫と語らう。ゆるやかに流れる時間のなかで、日を忘れるために。動かぬ船内で言葉を紡ぎつつ、なおどこかへの移動を試みる傑作長編小説。
著者等紹介
堀江敏幸[ホリエトシユキ]
1964(昭和39)年、岐阜県生れ。’99(平成11)年『おぱらばん』で三島由紀夫賞を、2001年「熊の敷石」で芥川賞を、’03年「スタンス・ドット」で川端康成文学賞、’04年、同作収録の『雪沼とその周辺』で谷崎潤一郎賞、木山捷平文学賞、’06年、『河岸忘日抄』で読売文学賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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- 評価
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
98
この作品は、『雪沼とその周辺』で受けた印象と、またタイトルから想像していたものとは随分と違った内容だった。河岸に係留された舟を住居とする「彼」の視点で、淡々と日常(とはいうものの、通常のそれとは違って、旅の中にあるような一種の非日常)や思索が語られていくのだが、ある意味ではかなり難解な小説だ。「彼」が「私」であったなら、これは小説ではなく、エッセイとして読まれてしまうかもしれない危うさがそこにはあるからだ。2012/07/14
KAZOO
76
このような小説を時たま読むのもいいと感じています。パリの川岸にある船にすんでいる感じが読んでいてもしてきます。筋がはっきりとあるわけではないのですがそれをうまい文章で引き込ませてくれます。ページにみっちりと書かれた文章をゆっくり読むのもいいと思いました。2015/05/27
コットン
73
フランスで繋留された船に住むためらい続ける日本人男性とその大家や郵便配達人の会話が捉え処がないのに示唆に富んでいる。そしてそのためらい具合も次のように凄い:「ためらいの専門家を求める企業があれば、彼はすぐにでも採用されるに違いない。ためらう事の贅沢について彼はしぶとく考えつづけている。…ためらいとは、二者択一、三者択一を甘んじて受け入れ、なお体に深く蓄積する疲労感のようなものだ。…ためらうことの贅沢とは、目の前の道を選ぶための小さな決断の総体を受け入れることに他ならないのである。」と、究極のためらい!!!2017/02/26
kana
69
河岸(川の近く)の一室にひきこもり、時々川沿いを散歩する最近の生活に相通じるものがあるのではと読み始めたのですが、まさに、でした。舞台はフランスのとある街の河岸に係留された船の上。そこで厭世観たっぷりに暮らす日本人男性の思索の日々が上質な文体で綴られるエッセイのような小説です。クレープを焼いたり、レコードを聴いたり、知人に手紙を書いたり。私も異国の船の上で生活しているんだと妄想してみたり、孤独や悲しみや人生の目的などについての示唆に富む言葉に考えさせられたり、至福の読書時間を過ごすことができました。2020/05/27
chanvesa
52
ブッツァーティやチェーホフの短編を鍵にして、他者との関係や寛容であることについて、思考をめぐらし、そして語り合っていく。この時間の流れと思案が魅力的である。「他人の発言にたいして『わかる』と意思表示をするのは、ある意味で究極の覚悟を必要とする行為であり、まちがっても寛容さのあらわれではない」(334頁)という言葉は重い。寛容であることの負担は考慮しなくてはいけない。トカゲの切れた尻尾と生えてきた尻尾のどちらがほんとうかを考えること自体が「ほんとう」という妹の言葉(283頁)がさらに突き詰められている。2017/01/09