内容説明
27歳のタクシードライバーをいまも脅かすのは、親に捨てられ、孤児として日常的に虐待された日々の記憶。理不尽に引きこまれる被虐体験に、生との健全な距離を見失った「私」は、自身の半生を呪い持てあましながらも、暴力に乱された精神の暗部にかすかな生の核心をさぐる。人間の業と希望を正面から追求し、賞賛を集めた新世代の芥川賞受賞作。著者初の短篇「蜘蛛の声」を併録。
著者等紹介
中村文則[ナカムラフミノリ]
1977(昭和52)年、愛知県生れ。福島大学行政社会学部卒業。2002(平成14)年、「銃」で新潮新人賞受賞。同作は芥川賞候補にもなった。’04年、「遮光」で野間文芸新人賞受賞。’05年、「土の中の子供」で芥川賞を受賞した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ミカママ
577
わたしにとっての芥川賞原点は『限りなく透明に近いブルー』なのだが、それに近い作品を読めた気がしている。中盤からの描写には、こちらの心や身体の一部にまで傷を付けられたかのようにしくしく傷んだ。世の中にはこれがフィクションでない世界もあるのかと思うと、うんざりすると共に、やり切れない思いでいっぱいにさせられる。2021/03/23
ヴェネツィア
552
2005年上半期芥川賞受賞作。始めから終りまで徹底して暗い小説である。最後にわずかに光明らしきものがほの見えはするのだが。作品のテーマは、いくつかの要素を持つが、その内の一つとして「死と再生」が考えられなくもない。この観点からすれば、最後の場面は主人公が再生に向けて踏み出したという解釈になるだろう。そして、それを可能にしたものは、こんな自分でも他者のために生きられるという可能性だ。ただ、人間に内在する暴力と、他者の痛みへの無関心に主題を見る立場からすれば、小説はひたすらに魂の暗部を彷徨い続けることになる。2014/01/05
ehirano1
396
薄い本恐るべし!なんとまあ難解な本をツモってしまったのかと。主人公の“魂の叫び”ともいうべき自問自答は圧巻でした。重くて残酷で難解ですが、“人間の本質”の一部が表現されていることは間違いないと思います。2018/04/14
absinthe
367
緻密。濃厚。第一印象はみっちり。とにかく心の声を丹念に拾い上げて絨緞でも編むようにみっちりつむぎ挙げてしまった作品。人間の心の奥底に横たわって、どうやっても拭い去れないこの感覚。普段の何気ない生活の中では見過ごされてしまうような、我々とはまるで関係ないかのような暴力への衝動。どれだけ否定しようとも決して切り離すことが出来ない感情。人間は破壊と破滅たっぷりの土壌の上に、それが無いかのように地面の下に隠ひたして生きている。と言う感じがする作品。破壊衝動は切り離せないが、表に出ないように努力は出来る。2019/11/11
パトラッシュ
347
犯罪ノンフィクションで紹介される欧米の連続殺人者の多くは幼少期に受けた凄惨な暴力や虐待がトラウマになり、成人後はそれを他者に対し行うようになった例が多い。本作は虐待被害者である男が、他者に痛めつけられることで生が確かめるという逆転の設定が独特だ。やはり毒親を持つ不感症の女とくっついて転落しかけたが、タクシー強盗に殺されかけて「自分は土の中から生まれたんだ」と恐怖を克服する部分は鮮やかな生への復帰だ。ただ著者は実際に暴力被害経験はないらしく描写がやや観念的で、花村萬月作品のように痛みを感じる程ではなかった。2020/10/10