内容説明
パキスタンの長距離バスは、凄まじかった。道の真ん中を猛スピードで突っ走り、対向車と肝試しのチキン・レースを展開する。そんなクレイジー・エクスプレスで、“私”はシルクロードを一路西へと向かった。カブールではヒッピー宿の客引きをしたり、テヘランではなつかしい人との再会を果たしたり。“私”は冬の訪れを怖れつつ、前へ前へと進むことに快感のようなものを覚えはじめていた―。
目次
第10章 峠を越える―シルクロード1
第11章 柘榴と葡萄―シルクロード2
第12章 ペルシャの風―シルクロード3
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
アイシャ
41
体調は回復したけれど、デリーでは慎重に無理に街を歩き回ることせずに、まずはインドを出ていくことを考える。全般にやはり旅に疲れてしまっているみたいだ。体力的なこともだが、旅そのものに。シルクロードの道を長いバス旅で行き、時にその光景に感動しながらもどこか投げやりな感じがする。日本から知人がテヘランにやって来ているのを知り、それに合わせてテヘランに急ぐ。優雅な旅をしている知人は疲れ切った沢木さんをどのように見たのだろうか?次巻はもうヨーロッパのようだ。2024/04/20
ゆみのすけ
30
この巻はよく言えば「旅に慣れてきた」悪く言えば「旅に疲れ嫌気がさしてきている」ように感じた。最初の頃の人や出来事への新鮮さ、好奇心、興奮があまり感じられず、旅が日常になっていくさまを見ているようだった。旅が長くなると、「日本人」「日本語」のほうが非日常になるのかと不思議な気分になった。日本人のご夫妻に会い、ご馳走をしてもらうために必死になるさま。ご夫妻と日本語で話せることに安堵しているさま。見知らぬ日本人に日本語の本を交換してもらうことに喜びを感じていること。これまでと違う作者の心の動きが見られた。2025/01/05
eiro
26
本棚の整理。シルクロード編はほとんど覚えていなかった。インドのアムリトサルから、パキスタン、アフガニスタン、イランへと駆け抜ける移動の記述がほとんどだったからか。その頃はアフガニスタンの入国や滞在もほぼ問題なかった。もっとその頃見聞きしたことが書いてあれば貴重な紀行文にもなっていたのでは。イランもパーレビ王朝でもっと自由だった。カブールで著者は宿主の若者から叱られる。「お前たちは馬鹿だ、汚く金もない、何のために旅行をしているのか、そんな年をしてまだこんなことをしているのか」と。おそらく私も返す答えはない。2023/10/17
chanvesa
24
イラン・イスファハンのバザールで懐中時計を値切って購入した後に菓子を持って元値を聞こうとした場面に、旅が完全にこなれてしまった感じを受けた。そのメンタルがなければ、このような場所を旅することはできないのかもしれないが、違和感を覚えた。イラン・シラーズの宿で病に伏せていた白人の若者との会話に行き詰まったときに、アドレスの交換を求めた際に、若者から「僕たちはさっき会ったばかりだ。アドレスを交換するほど親しくなってはいない」と断られる。旅慣れていない人間にとって、心のパーソナルスペースをどこまで守るかは重要だ。2023/12/29
Kaz
19
ロンドンまでインドから乗り合いバスで行くという旅も後半戦に突入。バスはシルクロードを西にひた走る。インド、パキスタン、ネパール、アフガニスタン、イラン、、、。行く先々で、それぞれの地の価値観の違いに面食らいつつも、馴染んでしまえばどうということはない。常識というものは時代とともに変わるし、また、その土地によっても異なるもの。旅に出ることで自身の器を拡げることができる。こういう旅は、誰でもできるわけではないのでその分ロマンがある。2023/07/29