新潮文庫

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  • サイズ 文庫判/ページ数 234p/高さ 16cm
  • 商品コード 9784101229232
  • NDC分類 913.6
  • Cコード C0193

内容説明

時に私を愛し、時に私を壊して去っていった男たちの「からだ」を思い出す。彼とセックスをすると、自分が浄められ、生まれたばかりの瞬間に戻っていくような気がした。爪を切った直後に別れた男がいた。ひとりだけ、朝いっしょに風呂に入って、からだの隅々まで洗ってやった男がいた。今、せつない記憶の数々が鮮やかに蘇る。とてもエロティック、でも、とびきり純粋な性と愛の物語。

目次

目―目は男が放った怨念の矢であるかのようにときどきわたしを金縛りにする。
耳―「わたしの顔のどこが好き」と女に訊ねられて、「耳」と答える男はまずいないだろう。
爪―爪を切った直後に別れた男がいる。
尻―頽廃と軽薄は美しい肉体に宿る。
唇―でもなぜだろう、キスをすればするほど不安に襲われるのは?
肩―ときどき彼の肩はわたしの目の前にぽっかりと、救命うきわのように浮かぶ。
腕―腕枕、腕を組んで歩く、腕は男のからだのなかでもっとも幸福なイメージが湧く場所だ。
指―彼らの指は十歳以前のわたしの性器に触れたことをおぼえているだろうか。
髪―フランス語では髪(CHEVEUシュヴュ)は男性名詞なのだそうだ。
頬―お姉ちゃんは猫のような仕種で伸びをしてパパの頬に頬ずりをする。〔ほか〕

著者等紹介

柳美里[ユウミリ]
1968(昭和43)年、神奈川県生れ。高校中退後、「東京キッドブラザース」を経て、’88年、劇団「青春五月党」を結成。’93(平成5)年、『魚の祭』で岸田国士戯曲賞、’96年、『フルハウス』で野間文芸新人賞、泉鏡花文学賞受賞。翌年『家族シネマ』で芥川賞受賞
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

団塊シニア

43
筆者の波乱に富んだ恋愛遍歴が描かれてる作品であるが全体として重く切ない作品である。セックスを「末梢神経の摩擦に過ぎない」といった寺山修司の引用文が、なぜか印象に残った。2013/11/05

James Hayashi

33
いろいろ経験されている。いや体験されている。愛情なしのセックスを無数にこなしているようだ。書くための体験でなく、性欲を満たすためであろう。分かりやすくていいのだが、不可解さもともなう。男のパーツのそれぞれを章ごとに書き連ねている。この作品がビンビン響くのは、昨日読んだ「水辺のゆりかご」で著者の半生を知ったからだろう。凄まじい幼少から青春時代。こんな人生を歩んでいるからこそ書ける作品。単行本で読んでいるので再読だった。2019/10/03

かいちゃん

25
ん~~ 男のことを書いているようで実は柳さんの経験を書いているのではないか。 今の時代に、男は、とか女は、って言い切るのもなんだかなぁ~って思った。 性描写が強かったから、途中でやめようかとも思ったがなんとか読了できたって感じでした2025/03/02

とも

10
フルハウスに続き2冊目の柳美里さん。良い意味でも悪い意味でも独特の感性を持たれている作家さんで、好き嫌いはハッキリ分かれそう。内容的には男の体の各パーツに紐付かせ男女の絡みが書かれている。「なにかを護るためになにかを棄てるならば、棄てたものと正面から向き合うべきだ。」の一文が印象に残った。2016/01/04

メルコ

8
ポルノ小説を依頼され、思いを巡らせながら執筆する作家の姿と、男女の性的な関係の物語が並行して描かれる。執筆する作家の姿が私小説的なので、性的な描写もそれとダブって見えてくる。ときに生理嫌悪感を催させる性の営みの描写は、その本質的な空虚さも垣間見える。 2014/10/23

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