新潮文庫<br> 人間・この劇的なるもの (6刷改版)

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新潮文庫
人間・この劇的なるもの (6刷改版)

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  • サイズ 文庫判/ページ数 174p/高さ 16cm
  • 商品コード 9784101216027
  • NDC分類 914.6
  • Cコード C0195

内容説明

人間はただ生きることを欲しているのではない。現実の生活とはべつの次元に、意識の生活があるのだ。それに関らずには、いかなる人生論も幸福論もなりたたぬ。―胸に響く、人間の本質を捉えた言葉の数々。自由ということ、個性ということ、幸福ということ…悩ましい複雑な感情を、「劇的な人間存在」というキーワードで、解き明かす。「生」に迷える若き日に必携の不朽の人間論。

著者等紹介

福田恆存[フクダツネアリ]
1912‐1994。東京本郷に生まれる。東京大学英文科を卒業。中学教師、編集者などを経て、日本語教育振興会に勤める傍らロレンスの『アポカリプス』の翻訳や芥川龍之介論などの文芸評論を手がける。戦後は、評論『近代の宿命』『小説の運命』等を刊行。また、国語問題に関して歴史的仮名遺い擁護の立場で論じた『私の國語教室』がある。訳業に『シェイクスピア全集』(読売文学賞受賞)の他、ワイルド、ロレンス、エリオット、ヘミングウェイ作品等がある。劇作家、演出家として劇団「昴」を主宰し、演劇活動も行なう(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

鉄之助

124
葬式の儀式性をシェイクスピア戯曲から考察。62年前に発刊、半世紀以上も前の古い本だが、去年、第11刷と、大変息の長い版を重ねてきているロングセラー。「葬儀は、死から生への橋渡しをする。そこに、私たちは劇場における営みと全く同じものを見る。遺族は悲劇の主人公であり、会葬者は観客である」と、葬儀の重要性を喝破。しらじらしい虚礼と感じられようとも、故人を失った悲哀感、日常生活から断絶させるために「型」が必要で、このいかにも悲しんでいるという「型」によって遺族は癒される。2019/06/03

テディ

60
シェイクスピアの訳者の福田さんが描く人間論。難解であったが格調高い文章で読み応え十分であった。人間が渇望する自由は隷属に向かう思想であり内に向かうと孤独になり外に向かうと他人との際限ない比較に晒されると定義する。近親の死という異常時においても悲しいふりを演じる心の後ろめたさ。福田さんはシェイクスピア作品の登場人物を使いながら人間の本質、複雑な感情を持った動物である事を説明する。我々が目指す自由や個性発揮が限界に向かっているだけの動機であるならば生きる事は窮屈であり、演技を続ける事を意識して生きるしかない。2017/04/01

km

23
単なる認識者の眼には、時間は消費し放しである。彼には過去・現在・未来が見えている。が全体が見えてしまった(と勘違いした)者に、全体の意識は存在しない。言い換えれば、過去も現在も未来も無いのだ。ただ模糊たる空間があるだけだ。自分が部分としてとどまっていればこそ、全体が偲ばれる。今日、私たちは全体を鳥瞰しすぎる。そして、一方では個人が社会の部品に成り下がってしまったことを嘆く。私たちは全体が見えていて、なぜ部分でしかありえないのか。じつは、2018/08/17

nbhd

22
”自己実現したがりボーイ”だった十数年前の自分に読ませてあげたい一冊。一言でいうと「アイデンティティー」について書かれた本だ。新潮シェイクスピアの翻訳者として知られ、戦後を代表する保守思想家による人間論…「私たちが個人の全体性を回復する唯一の道は、自分が部分にすぎぬことを覚悟し、意識的に部分としての自己を味わいつくすこと、その味わいの過程において、全体感が象徴的に甦る。」意味ある人生を生きるのもアリだけど、人生は壮大なコントで、自分はアンジャッシュ児島に過ぎないと思った方が生き易いよ、と言ってる気がした。2016/10/12

スミス市松

20
現実はままならず、「意識」がますます通用しなくなるこの社会において、人は空気のように水のようにただ流されるままに生きることを強いられている。そのような浮世に住まう人々が尊重する「個性」など単に自らが無自覚に選び取った役割にしか過ぎなければ、求める「自由」は自らを孤独にさせる逃避でしかない――では、人の幸福とは何か? それはただ生きるのではなく、この生きることを充分に“味わう”こと、すなわち自らの意志で選択した必然性の中を生きることだ。(続)2015/03/08

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