内容説明
東京の或る交響楽団の首席トランペット奏者だったという犬伏太吉老人は、現在、岩手県は遠野山中の岩屋に住まっており、入学したばかりの大学を休学して、遠野近在の国立療養所でアルバイトをしている“ぼく”に、腹の皮がよじれるほど奇天烈な話を語ってきかせた…。“遠野”に限りない愛着を寄せる鬼才が、柳田国男の名著『遠野物語』の世界に挑戦する、現代の怪異譚9話。
著者等紹介
井上ひさし[イノウエヒサシ]
1934(昭和9)年、山形県生れ。上智大学文学部卒業。浅草フランス座で文芸部進行係を務めた後に放送作家としてスタートする。以後『道元の冒険』(岸田戯曲賞、芸術選奨新人賞)、『手鎖心中』(直木賞)、『吉里吉里人』(読売文学賞、日本SF大賞)、『東京セブンローズ』など戯曲、小説、エッセイ等に幅広く活躍している。’84年に劇団「こまつ座」を結成し、座付き作者として自作の上演活動を行っている
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感想・レビュー
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rico
118
作者の分身とも言える青年が、いわくありげな老人から聞かされる物語の数々。不思議で、ちょっとエロくて、不気味で・・・。「遠野物語」自体まともに読んだことはないけど、いくつかは既知の物語だった。人間が自然の中で暮らしていた頃は、こんな奇譚は珍しくなかったのだろう。隅々まで照らす人工的な光は闇を追い払ってしまった。でもそこかしこの暗がりにきっと、異界への入り口が隠れてるはず、なんだけど、住む人のなくなってしまった地では怪異を目撃する人間もいないわけで。時折出てくる震災で傷を負った地域の名前。何も言えない。2021/03/30
KAZOO
112
井上さんが遠野物語を現代に置き換えて学生で休学して釜石近くで働いている人物がある老人からその経験をもとにした話を聞きとる物語です。最近絵本(京極夏彦さんの)でも遠野物語を読んでいますが、ここに書かれている9つの物語も愉しませてくれました。河童らしき人物や馬と人間の恋物語らしき作品もあります。また最後の終わり方が非常にうまいという気がしました。2025/02/06
ふう
65
「遠野物語」を読んでいないので比較できませんが、井上氏の文章の上手さと独特のユーモアで、ゾッとしたりクスッとしたりしながら読みました。昔、自然に囲まれ、自然と共に暮らしていた人々は、ふとした折に何かの気配を感じたり、人智の及ばない出来事に遭遇したりして、自然への畏怖を抱いていたのでしょう。現代に生きる人々が失った感覚もありそうです。語り継がれてきた民話には、そんな感覚を呼び起こすただならぬ雰囲気があります。読んでいるわたしも、最後に狐につままれてしまいました。『川上の家』河童の子どもの話が悲しく怖かった…2014/05/20
kk
61
『遠野物語』へのオマージュってことでしょうか。某サイトの内容紹介に「腹の皮がよじれるほど奇天烈な話」なんて書いてあったのでユーモア小説だと思って読んでみたのですが、奇天烈なのは確かにそうですが、どっちかと言うと、不思議な話やちょっと怖い話などが中心のようです。少なくとも、kkの腹の皮はよじれませんでした。2021/03/07
吉田あや
54
誇大癖のある"ぼく"と、語り部であるいんちき臭い犬伏老人が「遠野物語」の序文になぞらえつつ紹介され、つるりと始まる物語。本家遠野の話を小さな骨組みとして話は隆々と肉をつけ、種を知っているはずの手品が鮮やかに趣向が変わり、感嘆し、最後には井上氏の愉しい試みに口角が上がる。遠野とどこかしら地続きでありながらも、延長線上のオマージュに留まらず、再構築され生まれ変わる遠野。"ぼく"となった聞き手の私は犬伏老人の話を心の底から楽しみ魅了される。見事な筆致にまさしく、どんとはれ!!2014/06/14