内容説明
’83年10月、ロッキード裁判一審で田中角栄元首相に懲役4年、追徴金5億円の実刑判決が下りた。’84年3月には「グリコ事件」が発生、「劇場型犯罪」が世間を騒がせる。このころ司馬遼太郎は『箱根の坂』を刊行、『韃靼疾風録』の連載を開始している。この巻は、「捨てられかけた日本語」「文章における耳と目」等の日本語論、環境問題を論じた「訴えるべき相手がないまま」など63篇を収録。
目次
北海道、志の場所
声明と木遣と演歌
“市民諸君”と叫びたいところだ
無題(立花隆著『宇宙からの帰還』)
あとがき(『人間について』)
醤油の話
思いだすのがつらい
私的断片史(『日韓理解への道』)
年譜を見つつ(『井上靖エッセイ全集』)
私にとっての旅(『ガイド街道をゆく近畿編』)〔ほか〕
著者等紹介
司馬遼太郎[シバリョウタロウ]
1923‐1996。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を一新する話題作を続々と発表。’66年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞を受賞したのを始め、数々の賞を受賞。’93(平成5)年には文化勲章を受章。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめるなか、’71年開始の『街道をゆく』などの連載半ばにして急逝。享年72(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
i-miya
59
2013.12.12(12/12)(つづき)司馬遼太郎著。 12/06 (p109) (ホジェン族、つづき) 商業は、人間の社会を広げる。 商業は、人間に、初歩的な「抽象」というものを教える。 熊野の山村、早くから商品経済が入り込んで来て、“人智が発達”していた。 江戸期、道具類については、他の地域に比較して、工夫し、改良する能力に富んでいた。 一つは木炭。 自給自足だけであれば、木炭だけでいい。 商品経済となると、木炭は、備長炭である。 熊野に多いウバメガシというカシを乾留して、つくる。 2013/12/12
i-miya
56
2014.03.02(02/12)(つづき)司馬遼太郎著。 (P118) 『平家物語』=おの長大な叙述。 日本語において、これほど長々と独り語りできる表現法が完成されたのは、『平家物語』の功績、といっていい。 ◎史論、『愚管抄』(慈円-1155-1225)は、語らずとも、読むだけを目的とした文章の成立を目指す。 日本史を上代から説き、慈円の政治意識を反映させた歴史哲学。 2014/03/02
優希
52
様々な事件が世間を騒がせた頃になります。この頃は日本語や環境について考えていたのか、その手のエッセイが多く見られました。2023/03/28
i-miya
45
2013.06.08(つづき)司馬遼太郎著。 2013.06.02 山村雄一さん。 人間一般への愛情の深さ。 どこかおかしみがある。 山村さんの父君は、欧米航路の船長。 ◎私的断片集(日韓理解への道-国名・地域の名称を巡って) 韓国・朝鮮・中国について。 特殊なことは、その地域を現す名称がない。 2013/06/08
i-miya
44
2014.01.20(01/12)(つづき)司馬遼太郎著。 01/19 (三人の風韻) リーダーズ・ダイジェスト→ブディスト・マガジン。 諸事腰の重い(それでいいのだが)本願寺の軽はずみなほど鮮やかな快挙、決断といえる。 このときの情報部長が、石原芳正氏(滋賀県野洲の法専坊住職)。 「御同朋(おんどうぼう)、御同行の教団やから、ないとおかしい」 義人気質の人。 「ところでどこぞに編集長はおらんかいな」 私の友人、青木幸次郎氏。 鹿苑(しかぞの)宇宙(うちゅう)氏、2人とも故人になった。 (S58.09) 2014/01/20
-
- 和書
- ローマ法概説 (増補版)