内容説明
日本は経済大国の仲間入りを果たし、「昭和元禄」の繁栄が始まった。司馬遼太郎は、『国盗り物語』『関ケ原』など大作を次々に発表、1968(昭和43)年には『竜馬がゆく』がNHK大河ドラマとなり国中の喝采を得る。第3巻は、執筆の内輪を明かす「歴史小説を書くこと」、ベトナム戦争の泥沼に足を踏み込むアメリカと安穏とする日本を対比した「平和は難かしい」など129篇を収録。
目次
三友消息
わが土佐史への想い
あとがき(『竜馬がゆく 狂瀾篇』)
作者の言葉(「北斗の人」連裁予告)
作者のことば(「城をとる話」連載予告)
骨折り損
新大阪駅での思案
日記
ふるさと
あとがき(『酔って候』)〔ほか〕
著者等紹介
司馬遼太郎[シバリョウタロウ]
1923‐1996。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を一新する話題作を続々と発表。’66年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞を受賞したのを始め、数々の賞を受賞。’93(平成5)年には文化勲章を受章。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめるなか、’71開始の『街道をゆく』などの連載半ばにして急逝。享年72
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感想・レビュー
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カピバラKS
58
●昭和39年〜昭和43年(40歳〜45歳)のエッセイ。司馬は竜馬がゆく・国盗り物語で菊池寛賞を受賞、日本は総人口が1億人を突破した時期である。●司馬のエッセイはユーモアに溢れている。折角バラの花束をもらったのに花に興味がなく「目をつぶって捨てようか」と思ってみたり、イヤな上司を「人間でなくイナゴの化身」と思い込んでやり過ごそうとする。●真面目なエッセイでは、戦国大名斎藤道三に関する「魔術師」がある。ここで司馬が示す人間の定義は実に見事なもので、司馬の優れた感性と秀でた文才に感嘆させられた。2023/10/07
優希
50
大作を次々と発表していた頃。次々と歴史の奥にいた人々にスポットを当てていたのですね。日本は高度経済成長の真っ只中というのもあってか、後期に見られる憂国の念はまだ見られません。2023/03/14
kawa
44
「竜馬がゆく」「国取り物語」「峠」等、司馬先生ブレイク直後のエッセイ集。竜馬、斎藤道三、河井継之助等、次々と歴史の彼方で霞んでいた人物を蘇させる周辺事情が語られ興味深い。本編に収められている「吉田松陰」(505頁以下)は、68年6月から半年後連載が始まる「世に棲む日日」で描かれる彼の人物像や魅力が未だ掴めない自分にとって小説に向かう前に読んでおけばと思わされる紹介文だ。2022/12/16
Tomoichi
19
1964年から1968年頃のエッセイ。安心してください、もう完全に司馬遼太郎です(笑)楽しい歴史エッセイたちがメインです。驚くのは小説の新人賞などに対する選評が結構辛辣な事です。2023/09/11
時代
16
『司馬遼太郎が考えたこと』シリーズ第3巻。色々な媒体に書いたエッセイなどを時系列順に。昭和39年10月から昭和43年10月まで。「国盗り物語」「峠」の頃。竜馬愛が止まらない◎2021/03/03