出版社内容情報
アメリカと闘った戦争が、医学も、日本人のこころも汚してしまった。
戦争末期の恐るべき出来事――九州の大学付属病院における米軍捕虜の生体解剖事件を小説化、著者の念頭から絶えて離れることのない問い「日本人とはいかなる人間か」を追究する。解剖に参加した者は単なる異常者だったのか? どんな倫理的真空がこのような残虐行為に駆りたてたのか? 神なき日本人の“罪の意識”の不在の無気味さを描き、今なお背筋を凍らせる問題作。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
972
これまでに読んだ遠藤周作の小説との決定的な違いは、神と人間の問題が正面きって問われないことだ。篇中ではヒルダが「神さまがこわくないのですか。あなたは神さまの罰を信じないのですか」というたった1箇所に見られるだけだ。すなわち、あえて神なき世界での人間を描いたのがこの作品である。「神なき世界で人間は裁かれることはないのか」との問いの前にさらされた時、登場人物たちはそれぞれの思念を持ち、それぞれに身を処していくのだが、そこには行きつく先がないのである。読後に、読者もまた空虚感に捉われるのはその故にほかならない。2015/02/20
馨
597
どんよりする話でした。登場人物の中で勝呂さんの人間的な感情がある部分が、唯一の救いのように思えるぐらいでした。いずれは死んでしまうのだからと患者の体を使い人体実験の手術をする。何も知らない患者がかわいそうとか酷いとかだけの、簡単なストーリーではなかったです。2014/10/27
青乃108号
499
最初に登場した名も無い男、彼が気胸をうって貰う医師の勝呂。この男こそ先の大戦中、捕虜の生体を使って人体実験をした人物だというのだがー。そして時代は戦時中、勝呂、同僚の戸田、看護師の上田のそれぞれの過去を描きながら、クライマックスで彼等が集められ、これからまさに行われんとす人体実験の舞台を冷たく突き放した視点で描く遠藤。勝呂は手出しをせず傍観に徹するが、激しく良心の呵責にさいなまれる。戦争と結核で人が簡単に死んでしまう時代があったという事実。結核はともかく、戦争は、近い将来現実のものとなるかも知れないのだ。2022/08/21
遥かなる想い
495
アメリカ人捕虜の人体実験という事件を題材に 医学に携わる人々の倫理・モラルを描いた作品。どうして手術参加を断れなかったのか、そして犯してしまった罪の意識…テーマは暗く不気味だが、遠藤周作の筆力が読みやすい本に変えてくれている。
zero1
420
殺人に対してさえ、人は慣れてしまう。 だからホロコーストはガス室での「作業」となり止められなかった。 犠牲者がたとえ何百万人になっても。 「戦争中だから」「上役の命令だから」という理由は殺人には通用しない。 医師は知識や技術を患者を助けるためだけに使わなければならない。 ヒポクラテスの誓いもある。 九州の大学病院で起きた米兵の生体解剖事件。 実際に九州大学で起きた件をベースにしている作品。 本書には続きがある。 勝呂のその後を知りたいなら読むべし。2018/10/21