内容説明
何の自覚症状もなく発見された胸部の白い影―強い絆で結ばれた働き盛りの弟を突然襲った癌にたじろぐ「私」。それが最悪のものであり、手術後一年以上の延命例が皆無なことを知らされた「私」は、どんなことがあっても弟に隠し通すことを決意する。激痛にもだえ人間としての矜持を失っていく弟…。ゆるぎない眼でその死を見つめ、深い鎮魂に至る感動の長編小説。毎日芸術賞受賞。
著者等紹介
吉村昭[ヨシムラアキラ]
1927‐2006。東京・日暮里生れ。学習院大学中退。1966(昭和41)年『星への旅』で太宰治賞を受賞。同年発表の『戦艦武蔵』で記録文学に新境地を拓き、同作品や『関東大震災』などにより、’73年菊池寛賞を受賞。以来、現場、証言、史料を周到に取材し、緻密に構成した多彩な記録文学、歴史文学の長編作品を次々に発表した。主な作品に『ふぉん・しいほるとの娘』(吉川英治文学賞)、『冷い夏、熱い夏』(毎日芸術賞)、『破獄』(読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞)、『天狗争乱』(大佛次郎賞)等がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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遥かなる想い
189
癌に侵された弟の苦闘を描いた作品である。 1984年の作品だが、今読んでも 生々しい。 本人告知をせずに、ターミナルケアも なかったこの時代の 家族の苦闘が 痛々しい。仲の良かった弟の発症から、 闘病、そして 最後までを 丹念に描き、 感情を抑えた筆致が心に残る、そんな作品だった。2020/02/07
青乃108号
169
実弟の癌発病から死の瞬間までを克明に綴った渾身の作品。まだ癌の本人への告知は避けるべき、という風潮のあった頃の話。著者は最期まで本人には癌であることを必死に隠し通し、作家として多忙な上自らも体調がすぐれない中足繁く病院に弟を見舞う。余命宣告され衰えゆく弟の苦しみや痛み、譫妄。体に挿入される様々なチューブ類もどんどん増えて顔には死相が。このあたりの描写は流石吉村昭、実弟の事とは言え容赦ないリアルな描写が続き読む方もどんどん辛くなる。人が死ぬと言う事がどういう事なのか、若い人にこそ読んでおいていただきたい本。2024/01/17
yoshida
127
吉村昭氏の弟を襲った末期の肺癌。吉村氏は弟の約1年の凄惨な闘病過程を記録する。人間個人の死への過程をこれほど冷静かつ克明に描いた作品は他に無いのではなかろうか。本人に癌の告知をせず、緩和ケアの道を選ぶ親族。病状の悪化に伴い疲弊する家族。気丈な弟が後半では、あまりの激痛に人としての矜持を失ってゆく。誰もが迎える死。その闘病過程は凄惨なもの。軽々しく生き死についての言葉を口に出来なくなった。個人的には高校時代に亡くなった祖母の苦しむ姿を思い出した。人間の尊厳、生命について考えさせられる傑作。2015/06/01
mocha
116
昔、癌は不治の病で本人へは告知しないのが普通だった。肺がんに侵された弟に病名を隠し通す「私」。ドキュメントであり闘病記でありながら、とても文学の香りがする。死を前にして必死に生きようとする弟の辛さもさりながら、付き添う妻、何度も呼び出されてその度に覚悟を迫られる親族も辛い。「私」自身一向に快癒しない熱に揺れながら来たるべき喪失と闘った一年間。身近な人間が病にたおれたら、きっとこの本を思い出すだろう。2018/07/13
モルク
105
男7人兄弟の吉村氏、年も近くいつも一緒だった末弟が肺癌となる。自覚症状のない中、発見された白い影。母や3番目の兄を癌で亡くしている「私」はとにかく弟に悟られまいとする。35年ほど前の作品なので、当時は「死病」の癌は告知しないのが普通だった。それが常に癌ではないかという疑いを持つ本人、そして嘘をつき隠し通さなければならない家族に苦痛を与える。激痛に悶え、衰えていく弟を前に励ますことしかできない。心揺らぐも冷静に対応する「私」。感情を文字にしないところにその苦しみが表れている。身内の最期と重なり涙が溢れた。2020/06/23