内容説明
愛する若妻を殺した羆を追って雪山深く分け入る中年猟師の執念と矜持を描いた表題作。会社勤めをやめて蘭鋳の飼育と交配に熱中する病的なほどに潔癖な男の内面を浮き彫りにした「蘭鋳」。隻眼ながら圧倒的な強さを誇る王者黒駒に銘鶏正宗を擁して凄惨な闘いを挑む軍鶏師の鬱屈した心情を描く「軍鶏」。生き物の生態や習性の綿密な取材に基づいて、生き様と人間のかかわりを探る5編。
著者等紹介
吉村昭[ヨシムラアキラ]
1927‐2006。東京・日暮里生れ。学習院大学中退。1966(昭和41)年『星への旅』で太宰治賞を受賞。同年発表の『戦艦武蔵』で記録文学に新境地を拓き、同作品や『関東大震災』などにより、’73年菊池寛賞を受賞。以来、現場、証言、史料を周到に取材し、緻密に構成した多彩な記録文学、歴史文学の長編作品を次々に発表した。主な作品に『ふぉん・しいほるとの娘』(吉川英治文学賞)、『冷い夏、熱い夏』(毎日芸術賞)、『破獄』(読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞)、『天狗争乱』(大佛次郎賞)等がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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- 評価
稲岡慶郎の本棚
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
masa
93
かつて神戸の王子動物園に“ヒト”の檻があった。食物連鎖と関係のないところで命を弄ぶようなやつらはみんなあの檻の中で愛玩されてみればいいんだ。自制すら飼い馴らせない霊長類が野性を律しようなんて思い上がりも甚だしい。嗜虐のノイズに踊り狂う死神さ。生まれてこなければよかったと思う余裕すらないままに、僕は妄想の中で何度でも凶暴だと射殺され、欠陥品だと下水に流され、役立たずだとつぶして喰われ、首をひねって燃えるゴミの日に処分され、気づかれもせずトラックに踏みつぶされる。まるで壊されるために生みだされた玩具のように。2019/11/04
じいじ
85
吉村さんの15作目、今作もハズレなしで面白かった。とりわけ表題作の【羆(ひぐま)】は頭抜けていてハラハラドキドキした。可愛がって手塩にかけた子熊(名は権作)は4歳を迎えていた。毎日エサやりをしていた妻が、無残にも権作の餌食に…そして権作は逃走。妻の仇を討つため、亭主は山中を彷徨います。ついに権作を仕留めますが、亭主の胸の内には快感は湧いてこなかった。私も全く同じ気持ちでした。2024/08/20
mike
83
表題作を含む生き物を題材にした5篇。人間の業の深さ。エゴと欲望にまみれ生き物を道具として利用する。しかし結局そこに溺れ過ぎた人間が手痛いしっぺ返しを喰らう事もあるのだ。人間の弱さや愚かさを俯瞰して見つめ嘲笑うような吉村さんの世界。「ハタハタ」では、強固で暖かく感じられる漁村の共同社会の化けの皮が剥がれたような非情さが何ともやりきれない。2025/12/14
アッシュ姉
77
表題作「羆」は期待以上の傑作だった。短い中にクマ小説の醍醐味が凝縮されている。仔熊の頃から可愛がっていた権作との決闘を息を詰めて見守った。女の熊撃ちとしても名を馳せた銀九郎の母の物語も読んでみたい。以前読んだ『海馬』は、生き物を相手に生活を営む人々に魅せられたが、本書は破綻していく暮らしから目を背け、生き物へ病的にのめり込んでいく人間の悲哀を感じた。生き物の本能を利用する人間の欲望の浅ましさ。決して思い通りにはならない生き物へ叶わぬ想いを託す愚かさ。ずっしり重く、濃く、深い五編だった。2017/03/21
Satomi
73
読友さんの影響を受け吉村昭作品初読み。羆・蘭鋳・軍鶏・鳩・ハタハタ…動物に関わる人々の物語。人工的に交配され、弱者は淘汰されていく。動物通じて人間の弱さや脆さを描く。感情的になる事なく、淡々と描く事が逆に哀しみを誘う。実に深い作品でした。2017/02/05




