内容説明
第二次大戦末期、多数のドイツ避難民を乗せた客船がソ連の潜水艦に撃沈された。死者の数はタイタニックの6倍にも達した史上最悪の惨事となりながら、この悲劇は人々の記憶から抹殺されて、半世紀以上語られることがなかった。グラスだからこそあえてタブーに挑んで歴史に対峙した。
著者等紹介
グラス,ギュンター[グラス,ギュンター][Grass,G¨unter]
現代ドイツ最大の作家。’99年ノーベル文学賞受賞。1927年、バルト海の港町ダンツィヒ(現ポーランドのグダンスク)に生まれる。大戦中、最年少兵士として召集され、戦闘に参加して負傷、米軍の捕虜となった体験が、後に、深く政治と関わっていく動機となる。「ブリキの太鼓」(59)「猫と鼠」(61)「犬の年」(63)の“ダンツィヒ三部作”で地位を確立、その後も「鈴蛙の呼び声」(92)「はてしなき荒野」(95)など問題作をつぎつぎに発表
池内紀[イケウチオサム]
ドイツ文学者。1940年、兵庫県姫路市の生まれ
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
まーくん
89
第二次大戦末期、東部戦線で攻勢に転じたソ連軍に追われ、東プロシアなどに住むドイツ人避難民がバルト海に面した港町ゴーテンハーフェン(現ポーランド領グディニア)を目指した。同港には、かつてナチス・ドイツが誇った豪華客船ヴィルヘルム・グストロフ号が改修され宿舎兼訓練船として係留されていた。1945年1月30日、大勢の避難民(一説には一万人超)を乗せたグストロフ号はドイツ本国へ向け出航。同深夜、バルト海上でソ連海軍の潜水艦により撃沈され、凍てつく北の海に沈んだ。タイタニック号の数倍の死者を出したこの事件は⇒2024/12/18
藤月はな(灯れ松明の火)
85
読友さんの感想がきっかけで読んだ本でした。まさか『ブリキの太鼓』でお馴染みのグラス作品からコンピューターという言葉が出るなんて予想外でした。当時の独ソの政情関係によって犠牲者を多く、出しながら、なかったことにされたグストロフ号沈没事件。母の繰り返される怨嗟の篭った、出生に絡む思い出話にうんざりする子、そんな父に対して事実を知ろうとし、祖母の怨嗟を晴らそうとする孫。事件が起きて判決が下されてしばらくしてからの母と孫の様子は日常に還った人そのもの。しかし、張本人達が終わらせても影響を受けた周囲は終わらせない。2017/03/27
HANA
64
ナチス政権末期、難民を乗せた船がソ連潜水艦により撃沈、9000人以上の犠牲者を出した。ただこの事件はドイツの敗戦により語られる事は無かった。本書はその事件を過去や現在の様子を織り交ぜながら語った一冊。場面が過去と現在を反復しながら進んでいる様子はまさに蟹の横這い、言い得て妙であるな。読んでいる最中にしきりに感じたのは語り手の無力さ。過去も現在もその渦中にいながら傍観者に徹しているのである。過去は兎も角現在立派な大人だろうに。その出生から現在起きた事まで、語り手の人生を通して知られざる事件を知れる本でした。2024/11/07
安南
38
第二次大戦末期、ドイツ避難民を乗せたグストロフ号はソ連の魚雷により沈められた。犠牲者は9000余名、史上最大の海難事故でありながら複雑な政治情勢のなか語られることはタブーとなり、人々の記憶からも抹殺されていた。人物もイデオロギーも一筋縄ではいかない登場人物達が、資料を掘り起こし、ネットで論争し、昔語りをすることで次第に明らかにしていく在りし日のグストロフ号の姿。史実と私事がジグザグ歩行、時系列も行きつ戻りつ、登場人物達のイデオロギーの紆余曲折も相俟って、まさに右に左にタイトル通り蟹の横歩きのような小説だ。2014/08/09
tosca
30
ナチスドイツの誇る豪華客船グストロフ号の沈没はタイタニックよりも犠牲者の数が遥かに多いのに、背後にある政治的な状況により、この事件を語るのはタブーとなってしまったらしい。書かれている事の殆どが事実だというこの作品、現代と過去を行ったり来たりするし、時折、作者の影が登場したりして読みづらかったけれど、9千人以上が犠牲になり、その多くは子供や女性などの避難民だというのに、何十年もの間語られず、ほぼ知られていないこの事件、描かれているものが深すぎる。2023/02/18