感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
305
1970年代後半の南アフリカ共和国。もちろん、マンデラ政権以前の国民党時代。最初は作家が自己を曲外において、主人公ベンを語っていくのかと思っていたが、この現実(小説はフィクションだが、作家が捕らえるこの国の本質)を自らに引き受けていくことの決意を表明するものだった。普通の市民の、普通の良心さえも権力は許さない。権力の持つ強大な暴力と執拗さに最初から最後まで息苦しくなる小説だ。救いはどこにもないかのように見える。それでも南アフリカの現実は、これを覆したのだが。それを思うと、良心を貫徹する力を信じたくなる。2017/01/15
遥かなる想い
183
1976年に南アフリカで 起こったソウェト暴動を モチーフとした本作品は 当時の時代風景をパワフルに 描いている。 根強い黒人差別の社会で 暮らすベンの視点を通して 南アフリカの深刻な差別の 実態が読者にひしひしと 伝わってくる。なぜゴードンは 死んだのか…治安警察のシュトルツ大尉が ひどく不気味で物語に 緊張感を与える…国家が 個人を追い詰め、破壊していく様は本当に怖いが、 暴力と差別がはびこる国で 権力と闘う人々が逆に 凛として浮かび上がる… 最後はそういう終わり方をするのかという、読後感だった。2015/12/19
ケイ
118
ベンの追い詰められ方に頁をめくる手が次第に震えた。八方が塞がれていく苦しさ。そこで起こっている事に目をつぶれなかったベン。味方は死ぬ、投獄される、旅立ち帰ってこなくなる。1人ではどうしようもなくなった時、自分のことは見捨て、闘いはあきらめないことにした。きっとこういう人たちがあちこちにいたのだ。彼らは勇気があった。体制側は権力にモノを言わせても、真の動機は恐怖心。だから、アパルトヘイトの体制はその後に崩壊し、クッツェーが恥辱で描いた世界がやってきたのだろう。それがまだ混沌としてはいても。2016/08/29
まふ
114
重厚な読後感を得た。アパルトヘイト終了(1994年)以前の南アフリカにおける黒人弾圧を「人道的」正義のために戦い抜いたアフリカーナ(オランダ系)白人の良心に基づく「たった一人の叛乱」の記録。治安警察SBの弾圧は主人公の教師ベン・デユ・トイの家庭も家族も崩壊させ最後は「自動車事故」で命を落とさせる。「証拠証言を積み上げれば裁判で勝てる」と信じるベンの「無邪気な」見通しは読んでいてもあまりにも甘すぎてイライラした。彼の死はその時点では無意味とは言え「内側にゆっくりと進む円環活動」でもあった。G1000。2023/07/16
NAO
69
【2021年色に繋がる本読書会】1976年の黒人指定居住区ソウェトで起きた暴動に触発されて書かれた作品。留学していたパリで68年のスチューデント・パワーを間近に見た作者は、南アフリカ版スチューデント・パワーであるソウェト暴動を書かずにはいられなかったのだという。登場人物で拷問死したジョナサンは、ソウェトでの学生デモに参加していた設定になっている。作者は、この暴動に対処した警察への批判よりも、誰もが主人公のような公正さを持つことの大事さの方に重きを置いているが、その公正な白人として描かれている人物二人は⇒2021/10/06