内容説明
いじめによる自殺は後を絶たず、連鎖したかのように起こる無差別殺人…。現代では「いのち」があまりに軽くあつかわれている。人はなぜいのちの重みを実感することができなくなってしまったのか。実は人間は多くの場合、死への恐怖や生きることの孤独を感じる時期を一〇~一二歳の頃に迎え、その時期の乗り越えかたによって生き方が大きく変わってくる。死んだ金魚を何も考えずに子どもの目の前でトイレに流すような親の行為がいのちを軽視する風潮につながっているのである。長らくスクールカウンセラーとして子どもたちに向き合ってきた筆者による独自の「いのちの教育」の真髄を紹介する。
目次
第1章 なぜ子どもたちは死に急ぐのか(いのちを軽くあつかう子どもたち;いのちの重さは同じではない ほか)
第2章 「いのちの体験」が子どもに生きる意味を教える(金魚が死んだらどうするか;「金魚の墓」に驚く北米人 ほか)
第3章 自尊感情があれば、自分も人も殺せない(「共有体験」が自尊感情を育てる;偏差値の高い子ほど「自信」がない ほか)
第4章 私が人を殺せない理由(意識の底にあること;児童に殴られ続けたH先生 ほか)
第5章 「私は何より大切な存在」そう思える子どもの自尊感情をどう育てるか(自尊感情の基盤は、乳幼児のときの「愛の共有体験」から育まれる;物言わぬ生き物の気持ちを親が代弁して、子どもの想像する力を引き出そう ほか)
著者等紹介
近藤卓[コンドウタク]
1948年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。スクールカウンセラー、大学講師の後、ロンドン大学客員研究員を経て東海大学文学部心理・社会学科教授。日本学校メンタルヘルス学会理事長、子どもといのちの教育研究会会長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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