講談社選書メチエ<br> 琉球外交史―唐・大和の御取合

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講談社選書メチエ
琉球外交史―唐・大和の御取合

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  • サイズ 46判/ページ数 272p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784065446539
  • NDC分類 219.9
  • Cコード C0321

出版社内容情報

中華帝国と列島の軍事政権、その”狭間”に立つ王国は、過酷な国際環境を生き延びるために「両属」の道を選んだ。

大陸王朝の庇護のもと、東シナ海の貿易王国として繁栄を誇った琉球であったが、
明が衰亡し、列島に徳川幕藩体制が形作られると、安穏とはしていられなくなった。
島津氏による強力な軍事的圧力には抗しきることができず、ついにその支配下におかれてしまう。
だが、彼らはそのまま列島の体制にのみこまれたのではなかった。

琉球王国は島津氏の支配に従うことになってからも、同時に清王朝に臣下として服属し続けたのである。
この「両属」という、一見すると特異におもわれる外交関係は、いかにして成り立ったのか。
そこには、「主権」「領土」という近代的な国際関係観では捉えられない論理が作動していた。

唐〔トー〕=中華王朝と大和〔ヤマトゥ〕=日本の狭間で、存立を賭けて展開する御取合〔オトゥイエー〕=外交の実相を、琉球・大陸・列島それぞれの当事者の目線で描き出す。
琉球史研究をリードする著者による、沖縄の、日本の歴史を理解するための必読書!

[本書より]
私たちは「今」にどっぷりと浸かっている。「今」以外は見えづらいし、「今」が正しいと思いがちだ。その「今」から見るとどうしても理解しがたい琉球の国際的な「あり方」の歴史を、本書ではできるだけ詳しく、できるだけリアルにひもといていきたい。最後まで読んでいただくと、琉球の「あり方」への疑問はぐっと減り、ともすると「今」が少し、もしかしたらかなり、奇妙に見えてくるのではないだろうか。

[本書の内容]
プロローグ
第一章 海の貿易国家──中華の傘の下で
1.「海域世界」の幕開け
2.琉球国の成立
3.海の主役・琉球
コラム 琉球の言葉と文字
第二章 秩序変動のなかの琉球──明と日本の狭間で
1.揺らぐ明の傘 海禁=朝貢体制の動揺
2.島津氏の侵攻と日明関係
3.「狭間の王国」の模索
コラム 「異国」と日光東照宮
第三章 中華の一変──明か清か
1.明清交替と琉球
2.康煕帝と琉球
コラム 「守礼之邦」
第四章 守礼と隠蔽──清と日本の狭間で
1.「清の朝貢国=琉球」と日本
2.儒教──程順則の外交戦略
3.「隠す」という外交
コラム さまざまな「両属」──琉球との比較
第五章 近代と「両属」──王国外交の終焉
1.欧米列強と琉球
2.明治政府と琉球
コラム ある内務省官吏の琉球滞在
エピローグ
参考文献
あとがき
索引


【目次】

内容説明

明王朝の庇護のもと繁栄を誇った東シナ海の貿易王国は、大陸での王朝交替が生じると、列島の軍事的圧力に屈した。だが、琉球王国は島津氏の支配に従うことになってからも、同時に清王朝に臣下として服属し続けた。この「両属」という、特異な外交関係はいかにして成り立ったのか。そこには、近代的国際関係観の理解を超える論理が作動していた。唐=中華王朝と大和=日本との狭間にある王国が、その存立を賭けて展開する御取合=外交の実相を、琉球・大陸・列島それぞれの印象的な人々の活躍を通して描き出す。

目次

第一章 海の貿易国家―中華の傘の下で(「海域世界」の幕開け;琉球国の成立;海の主役・琉球)
第二章 秩序変動のなかの琉球―明と日本の狭間で(揺らぐ明の傘―海禁=朝貢体制の動揺;島津氏の侵攻と日明関係;「狭間の王国」の模索)
第三章 中華の一変―明か清か(明清交替と琉球;康熙帝と琉球)
第四章 守礼と隠蔽―清と日本の狭間で(「清の朝貢国=琉球」と日本;儒教―程順則の外交戦略;「隠す」という外交)
第五章 近代と「両属」―王国外交の終焉(欧米列強と琉球;明治政府と琉球)

著者等紹介

渡辺美季[ワタナベミキ]
1975年、東京都に生まれる。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。博士(文学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

まーくん

85
日中の狭間で「両属」という奇妙な道を選んだ琉球王国。しかし奇妙と感じるのは現代の我々が近代西洋の「主権国家」の概念に染まっており中国歴代王朝の朝貢体制に理解が及ばないからかも。仁義を切って、中国の面子さえ立てれば実利が得られ、内政に干渉されることもない。東洋のこの形も、ある意味標準なのかもしれない。で、琉球は明に対し朝貢していたが、徳川政権の下、統一なった日本から薩摩の軍勢に攻め込まれ敗北。しかし王国の存続およびメリットの大きい明との朝貢関係はそのままに、薩摩は経済的収奪に徹する。⇒2026/10/19

skunk_c

65
これは面白い!江戸時代の琉球が薩摩の侵攻を受けながら明~清の冊封を受ける両属関係だったことはよく知られているが、琉球も薩摩もその関係が清にばれていることに気付きながら隠そうとしており、それを江戸の幕府も承知、むしろ薦めていたこと。そして清もそのことには敢えて触れずいわば「黙認」していた実態を、史料に裏打ちされた多くのエピソードで明らかにしている。特に久米村の渡来人がこの関係の鍵を握っており、通訳の役割の他、日本とは異なる儒学の維持を担っていたことなど、多くの学びがあった。残念ながら戦争で殆どの遺構が消失。2026/10/24

電羊齋

9
「御取合(ウトゥイエー)」とは外交を意味する言葉。本書では琉球王国が唐(明清中国)と大和(日本)との間でどのように外交関係を形作っていったかがわかりやすく述べられている。明清交代期には明・三藩・清の間で関係を破綻させないという高度な外交を見せた琉球。日本との関係は隠蔽し、清の忠実な朝貢国として振る舞う琉球。自らの文化をプロデュースする琉球。そして薩摩・日本との関係は当時でさえも「公然の秘密」であったが琉球と清が互いに暗黙の了解を守り合う外交も非常に興味深い。日本への併合の過程についても詳しい。2026/08/30

NorthVillageHRE

4
豊永浩平作品にハマってることもあり、琉球・沖縄史を勉強しようと手に取った。「両属」の実像がよく見えてくる。/侵攻直後に駿府に訪れた尚寧王は「高貴な人物」「外国の国王」として演出され、幕府の威光アピールに使われた/島津氏は琉日間の交通を制限し、皮肉にも日本と琉球の距離は「遠く」なった/辮髪問題について幕府は「清の指示を優先せよ」という姿勢をとり、狭間で琉球が生きる道が整備された/本国との連絡手段がない時代、外交官は現在よりはるかに「全権」大使にならざるを得なかった/2026/08/30

Hiroki Nishizumi

1
史実を丁寧に踏まえて琉球外交について整理されてある。しかし歴史とは重層的で、一筋縄ではいかないものだと改めて感じいった。2026/10/16

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