出版社内容情報
江戸時代。博奕から足を洗った余命あとわずかの貧乏蕎麦屋と、店に集う社会のはみだし者達が紡ぐ、どん底ながらも圧倒的な人間賛歌!
内容説明
元は名うての博奕打ち、今は江戸は本所でさびれた蕎麦屋を営む銀平を、不治の病が襲った。死を前に、残された時間をいかに生きるべきか問い続ける銀平のもとへ、かつての自分を彷彿とさせる青年・清太が転がり込んだ。銀平は、清太や店を訪れる客らとの交流に、次第に残り僅かな人生を前向きにとらえるようになっていく。だが、再会を果たした元妻を襲った悲劇、さらに信頼していた清太の裏切りが、銀平の生きる気力を奪ってしまう。そして、逃れられない過去の因業が忍び寄り…。貧しさと業に苦しみながらも、希望と義理人情に賭けた人々の心揺さぶる人生賛歌。
著者等紹介
松下隆一[マツシタリュウイチ]
1964年兵庫県生まれ。作家、脚本家。著書に第1回京都文学賞最優秀賞受賞作『羅城門に啼く』などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
アキ
131
侠を「きゃん」と呼ぶ。勇み肌でいきなさま。またそのような人。江戸・両国橋附近の蕎麦屋の店主・銀平が主人公。齢六十になり吐血し、もう長くはない。陸奥の国を飢餓にて逃れ、賭博で身を立てたこともあったが、あることをきっかけに堅気になった。それから二十年。蕎麦がきをつくって一晩寝かせ、それに蕎麦粉と大豆粉を混ぜて練り、切って麺にする。さらに一晩寝かせて茹で、水洗いしてもう一晩寝かせる。客が来れば温めて出汁をかけて出す。その一杯の蕎麦で救われる子がいる。救ったハナちゃんに、最後に救われる。人情味あふれる物語でした。2023/05/25
hiace9000
122
『雲霧』脚本家松下さん、本作の静謐感が、人と会話に独特の「間」を生み出し、それが人情物時代小説らしい詫び寂び感を伴いしっとりと読ませてくれる。元任侠者の伝説的博徒でありながら、堅気となり肋屋にて蕎麦屋を営む老人銀平。世の中の片隅に追いやられ、不遇な境遇に置かれながらも、後悔と贖罪の念から自分より弱いもの恵まれぬものを労わり、情けをかけ生きる卑屈にすら思える慎ましい姿。死病を患い、もはや幾許もない余命を人のために使ってしまうのは人の良さというより博徒の血ゆえか。謐けさ醸す各章題の佇まいにすら、味わいがある。2023/04/16
タイ子
106
初読み作家さん。決して派手ではない、軽くもない、だが、読み終わって心に残るものがある。映画の中の高倉健を想像するような寡黙で過去を背負って生きる一人の男の物語。余命僅かの蕎麦屋の店主・銀平。人に食べさせる蕎麦ではなく自分が生きるだけの稼ぎがあればいいと田舎蕎麦を作る。引き返せない過去、未来もない、残された時間の中で現れた若い男の存在と元妻との再会が銀平に少しの光を与えてくれる。だが、束の間の光も消えるとき来る。裏切りという名の闇の中に。後半の博打場のシーンにドキドキ、ラストの場面に涙が止まらない。2023/03/07
海猫
93
元は名うての博打打ちで今は江戸の本所で蕎麦屋を営む銀平。血を吐いたことによって死期を悟った彼の変化を描いていく。燻し銀の味わい。前半は特に地味で大きな事件は起きないが一つ一つのエピソードが味わい深い。これまでの銀平の人生がじんわり浮かび上がるように見せる構成にも味あり。何が起きようとも自身のルーティン守ろうとする銀平の姿勢には孤独さと固い意志が感じられ染み入った。後半はある青年を庇ったことから人生を掛けた博打の大勝負となる。ここの描写も決して派手ではないが抜群の緊迫感。人生の皮肉な巡り合わせがやるせない。2025/03/17
yoshida
93
細々と蕎麦屋を営む銀平。老いて迎える人生の黄昏。自身の来し方を思い返す。かつては侠客、博徒であった。飢饉で陸奥から江戸へ父と流れる。貧困から悪事を行う父。父の窮地を救う行動がその後の銀平を苛む。人生の終わりに人は何を思うか。思い返す過去。突然消えた妻。自身の罪への消えぬ贖罪の念。銀平が蕎麦屋で儲けを得ない事は贖罪の現れでもあったろう。常連である夜鷹や物乞いの父子。賭場から金を奪う若い男。それぞれへの銀平の行い。罪は消えぬ。罪は贖わねばならない。懊悩と行動の先に迎えた銀平の最後は幸福であった。一気読みです。2023/01/21