講談社選書メチエ<br> 名前の哲学

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講談社選書メチエ
名前の哲学

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  • サイズ 46判/ページ数 216p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784065183601
  • NDC分類 130.4
  • Cコード C0310

出版社内容情報

 「名前」ほど、日常にありふれたものでありながら不思議なものもない。自らをあらわす自分の名前さえ、ほとんどの場合、自分ではない他の誰かに付けられたものであり、死後まで自分の存在は、その誰かに付けられた名前によって語られることになる。なにより自分の名前は、自分で使うよりも他者から呼ばれることのほうが圧倒的に多い。最も身近で最も遠い、それが「名前」である。
 「名前」をめぐる哲学は、西洋の形而上学では真理についての文脈で考えられてきた。初めて「名前」を哲学の対象にしたプラトン、アリストテレスにはじまり、その流れを受け継いだ二〇世紀のミルやフレーゲの名前論をひもとけば、伝統的な西洋哲学がいかに「名前」を厄介者としてきたのかが浮かび上がる。
 ところが、ヴィトゲンシュタイン、ローゼンツヴァイク、ベンヤミンの三人の思想を解き明かしていくと、真理論の舞台から解き放たれて、名前の哲学はこれまでにない生き生きとした姿を見せはじめる。著名なジャック・デリダの三部作にかぎらず、先鋭的な名前論はなぜユダヤ系の思想家から生まれるのか――。その背景には、名前と同化をめぐるユダヤ系の人々の苦難の歴史があった。
 外側から貼られた単なるレッテルではない、「呼びかける」ものとしての名前がひらく、新たな時代の共同体論。

[本書の内容]

まえがき 名前――もっともありふれた不思議なもの
第1章 名前の哲学史――古代ギリシアから二〇世紀まで
第2章 生活形式――ヴィトゲンシュタイン
第3章 対話――ローゼンツヴァイク
第4章 純粋言語――ベンヤミン
終章 名前の哲学が教えること

書 誌
あとがき

内容説明

もっともありふれたものである名前は、西洋哲学の世界では長らくやっかいもの扱いされてきた。しかし、国民国家の形成と軌を一にして深化したユダヤ系の思想をひもとくと「名前の哲学」は、思いがけない生き生きとした姿を見せはじめる。言語ゲームや神の名前、命名行為をめぐる思考の先に死者さえも含めた他者との共生の可能性が開かれる。ヴィトゲンシュタイン、ローゼンツヴァイク、ベンヤミン―三人の思想を軸に描きだされる二一世紀の共同体論

目次

まえがき 名前―もっともありふれた不思議なもの
第1章 名前の哲学史―古代ギリシアから二〇世紀まで
第2章 生活形式―ヴィトゲンシュタイン
第3章 対話―ローゼンツヴァイク
第4章 純粋言語―ベンヤミン
終章 「名前の哲学」が教えること

著者等紹介

村岡晋一[ムラオカシンイチ]
1952年、熊本県生まれ。中央大学大学院文学研究科博士後期課程中退。現在は中央大学教授。専門はドイツ観念論、ドイツ・ユダヤ思想(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

ころこ

32
普遍的なものを目指す哲学には雑音でしかない名前が、むしろ哲学において必要不可欠なものだという逆転を論じています。しかし、ウィトゲンシュタインの箇所を読み、確定記述と固有名の議論だと勘違いすると凄く裏切られます。その後のローゼンツヴァイクとベンヤミンの議論は、一体ウィトゲンシュタインの議論は必要だったのかと疑問も沸きます。ローゼンツヴァイクの章はゼロ記号の神の名前に他者性をみるという、結構ありきたりな議論をペテンの様な論述で迫ってきます。これはこれで面白いのですが、人間の名前と神の名前を逆転させるベンヤミン2021/03/08

mstr_kk

4
めちゃくちゃ面白いのですが、サーッと読んでいくだけでは論旨が腑に落ちないところも多く、要再読。2024/04/30

ぷほは

3
夫婦同姓制の話を読み、そういえば自分の研究テーマと近いなと読んでみた。なんか知らんが、固有名をめぐる議論は柄谷やらクリプキやらの議論があんまり面白そうに見えなかったため敬遠していた節があったのだが、著者はユダヤ系思想家の研究者であり、ローゼンツヴァイクからベンヤミンへ繋がる話がとても興味深かった。中動態の議論とも関係する他者への呼びかけとしての名。社会学者としてはまず真っ先にジンメルなのだが、同時にバウマンの「顔」も浮かんだ。それからWWⅠ後の言葉を失った兵士たちの姿が、コロナ以後の私たちとダブって見え。2021/12/20

Go Extreme

1
言語・存在・記憶・アイデンティティの関係 ヴィトゲンシュタイン ローゼンツヴァイク ベンヤミンの思想 チロの物語ーチロの死に対する悲しみとかけがえのなさ 名前の重要性: 名前は存在の本質を示す・固有名詞は個別性を反映 形而上学と名前: 名前は物事の存在を示し事物の本質を理解する鍵 言語と生活形式: ヴィトゲンシュタインの「生活形式」で言語が生活に根ざす 名前の哲学: ローゼンツヴァイクは名前がアイデンティティや文化と結びつくと考察 ユダヤ人: 名前はアイデンティティの象徴であり同化や抵抗の手段2025/02/11

ヤマニシ

0
・「まず、どんなものも名前なしには存在できず、名前はものにとって本質的なものであり、「内部的」なものだが、同時に名前はものにたいして「外部」からやってくる。」(p196) ・「「名前の哲学」が教える第二のことは、われわれが名前によって住みつく世界は、「他者とともにある」世界だということである。名前はもとより「呼びかける」ためのものであり、それが開く世界は他者の存在をすでに前提としている。」(p198)2021/08/11

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