講談社学術文庫<br> 女官―明治宮中出仕の記

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講談社学術文庫
女官―明治宮中出仕の記

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  • サイズ 文庫判/ページ数 344p/高さ 15cm
  • 商品コード 9784062923767
  • NDC分類 288.4
  • Cコード C0121

出版社内容情報

華族・久世家の娘は、女官として仕えた明治大帝と皇后を畏れ敬い、大正天皇の意外な振る舞いに戸惑う。宮中の闇をうかがう一級資料!明治末から大正初年、明治天皇と皇后(昭憲皇太后)に仕えた女官の手記。筆者は、華族・久世家の長女で、退官から40年以上を経た1960年(昭和35)、皇太子御成婚以来の「皇室ブーム」のなかで、本書を記した。いわく、「公表を許されなかった御内儀での御生活は、世上いろいろとあやまり伝えられておりますので、拙き筆をも省みず思い出すままを記して見ました。」
明治42年、18歳で出仕した三千子の見聞は、宮中のしきたりや天皇皇后の実像を生々しく伝えている。数十人にのぼる女官のさまざまな職名と仕事、女官長・高倉寿子や典侍・柳原愛子らの人となり、天皇自らが名づけた女官たちの源氏名とニックネーム。「雀」とあだ名された三千子は、天皇と皇后の睦まじい様子に触れ、また、女官たちに気安く声を掛けて写真をねだる皇太子(大正天皇)に戸惑う。さらに、「俗のことばでいえばお妾さん」である権典侍と、皇子の生まれなかった皇后の関係は、どのようなものだったのか――。
本書は、明治大正期の宮中の様子を伝える歴史資料としても多くの研究者に活用されている。巻末解説を、放送大学教授の原武史氏が執筆。
〔原本 : 『女官』 1960年、実業之日本社刊〕

宮中へ奉仕
明治天皇と昭憲皇太后
両陛下の御日常
内侍の生活
昔の女官気質
女官の行楽
次ぎ、清と忌服
夏の日の思い出
年中行事
明治天皇崩御まで
大正の御代を迎えて
晩年の昭憲皇太后
故郷に帰る
[附録] 宮中の言葉
あとがき
解説 原武史(放送大学教授)


山川 三千子[ヤマカワ ミチコ]
著・文・その他

内容説明

明治四二年、一八歳で宮中に仕えた華族・久世家の長女、三千子の手記。数十人にのぼる女官の職名と仕事、天皇自らがつけた源氏名とニックネーム。「雀」と呼ばれた著者は、天皇皇后の睦まじい様子に触れ、皇太子の意外な振る舞いに戸惑う。「俗の言葉でいえばお妾さん」である権典侍と、皇后の関係とは。明治宮中の闇をあぶりだす一級資料。

目次

宮中へ奉仕
明治天皇と昭憲皇太后
両陛下の御日常
内侍の生活
昔の女官気質
女官の行楽
次ぎ、清と忌服
夏の日の思い出
年中行事
明治天皇崩御まで
大正の御代を迎えて
晩年の昭憲皇太后
故郷に帰る

著者等紹介

山川三千子[ヤマカワミチコ]
1892年(明治25)、子爵・久世通章の長女として京都に生まれる。1909年、宮中に出仕し、明治天皇、昭憲皇太后に仕え、1914年(大正3)に退官。翌年、後に旧制武蔵高校校長となる山川黙と結婚。1965年(昭和40)没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

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