出版社内容情報
京極 夏彦[キョウゴク ナツヒコ]
著・文・その他
内容説明
「愉しかったでしょう。こんなに長い間、楽しませてあげたんですからねぇ」。その男はそう言った。蓮台寺温泉裸女殺害犯の嫌疑で逮捕された関口巽と、伊豆韮山の山深く分け入らんとする宗教集団。接点は果たしてあるのか?ようやく乗り出した京極堂が、怒りと哀しみをもって開示する「宴」の驚愕の真相。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェルナーの日記
322
予告しましたように、ここで”なぞなぞ”を1つ。「誰もいない森の中で1本の木が倒れた。この時、音はしたのか? しなかったのか?」です(これは本作の核心だと思います)。この問いは、主に2つの方面からアプローチする方法があって、1つは物理学の量子論、もう1つは哲学の存在論。どちらも難解なので詳述は避けますが、前者は『シュレーディンガーの猫』で、理論物理学者シュレーディンガーが発表した思考実験。後者は哲学者で存在論哲学のハイデガーが論じた『存在と時間(存在への問い)』に集約されるといえるのではないだろうか)。2020/07/01
nobby
152
「愉しかったでしょう。こんなに長く楽しませたのだから…」不敵にのたまう男との痺れんばかりの対決!「軽挙妄動は慎め」と何時にもまして動かない京極堂、それは自らの事件だから…これまでのシリーズ総動員の様相で、時系列も入り乱れて宴の支度整う様を夢中で振り返る。そこから導き出された真相は驚愕を通り越して、暫し唖然呆然!記録と記憶の違いを掘り下げながら、解体し再編集された妖怪を解説する。それをまさか本題である家族の意味に繋げるとは恐れ入る。言葉が術に勝った心地よさを満喫しながら、彼らとともに見上げた空は本当に丸い。2018/09/24
ちょろこ
126
始末も納得の一冊。長かった。と共に一抹の寂しさを感じるのも確か。つまりほんとうに長旅を終えた時の、日常にまた戻る寂しさにそっくりだ。どんどん散らかされた荷物という登場人物。これほどまでにメンバーが集結したことあったかしら。これほどまでに京極堂が腰を上げるまで長く感じたことはあったかしら。どう始末をつけるのか。カードは八枚、いよいよ始まる憑き物落としというジョーカーゲーム。記憶とは家族とは…京極堂なりの定義、宴の始末にも納得。榎木津さんの大事な場面での頼もしさも素敵。シリーズ一番の長旅、でも一番好き。2023/09/09
優希
118
前作で投げかけられた謎の真相が明かされていきます。過去の人物が絡み合っていくのはまさに宴。殺人事件の容疑者として逮捕された関口くんと伊豆韮山の宗教集団の接点によりようやく事件が動き出したような気がしました。狂乱の中一貫するのは過去や記憶の曖昧さと己に固執する勘違いに思えます。事件は秋彦さんのためにあるようで、彼を取り巻く人物たちとの関係が入れ替わり立ち替わり目立っているように感じました。宴の始末は壮絶な方へ向かい、当たり前の世界が当たり前でないように見えます。下僕3人が格好良かったです。2016/05/07
りょうこ
88
京極堂再読祭り中!ほぼ覚えてなかったので面白くて一気に読みきった!きちんと始末されたけどまたまた新たな謎の人物登場。榎さんの「爆裂伊豆だ!」に普通に笑ってしまったwwさすが榎木津さん!この後陰摩羅鬼、邪魅は手元にあるのがノベライズ版なのでますます手が痛くなりそう(笑)でも行きます!次は陰摩羅鬼だ!2015/02/20