新しい小説のために

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新しい小説のために

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  • サイズ B6判/ページ数 525p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784062208055
  • NDC分類 901.3
  • Cコード C0095

出版社内容情報

ゼロ年代以降登場した小説家たちは何を書いているのか? それは本当に新しいのか? 小説における「私」を根源から問い直す試み。小説の中の「私」とは、誰なのか?

新世代の小説家たちが切り開いてきた現代文学の新たな地平の持つ意味を、
小林秀雄以来の文芸理論を徹底的に検証しつつ探った、まったく新しい小説論。

「役割を終えた」近代文学を更新する!

渡部直己と私の対立の軸は「産出性=こう書くゆえに、世界はこう生まれる」と「再現論=世界がこう見えるから、こう書く」のいずれに軍配を上げるか、ということになるのだが、私は依然として、むしろ今や(今こそ)重要なのは後者、つまり「世界がこう見えるから、こう書く」「見たままを書いている」の方なのだと考えており、(中略)要するに「見たまま」ということ自体が変化しているのだ。そして「見たままを書いている」とは、すなわち「私が見たままを書いている」ということである。とすれば、この「私」もまた変化しているのではあるまいか。私が「新しい『小説』のために」で論じてきた「描写」や「人称」に続いて「私小説」を問題にしなくてはならないと思い至ったのは、これが理由である。
――第二部「新・私小説論」より

第一部 新しい「小説」のために
第一章 リアリズムの末流
第二章 『新しい小説のために』のために
第三章 近代文学vs近代絵画
第四章 「小説」の上演
第二部 新・私小説論
第一章 「私の小説」と「一人称の小説」
第二章 『私小説論』論
第三章 反(半?)・私小説作家たち
第四章 「一人称」の発見まで
第五章 いわゆる「移人称」について
第六章 新しい「私」のために
跋 批評の初心
あとがき


佐々木 敦[ササキ アツシ]
著・文・その他

内容説明

小説の中の「私」とは、誰なのか?新世代の小説家たちが切り開いてきた現代文学の新たな地平の持つ意味を、小林秀雄以来の文芸理論を徹底的に検証しつつ探った、まったく新しい小説論。

目次

第1部 新しい「小説」のために(リアリズムの末流;『新しい小説のために』のために;近代文学vs近代絵画;「小説」の上演)
第2部 新・私小説論(「私の小説」と「一人称の小説」;『私小説論』論;反(半?)・私小説作家たち
「一人称」の発見まで
いわゆる「移人称」について
新しい「私」のために)
跋 批評の初心

著者等紹介

佐々木敦[ササキアツシ]
1964年、愛知県名古屋市生まれ。音楽レーベルHEADZ主宰。映画、音楽、文学、演劇など、広範なジャンルで批評活動を行う(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

harass

63
ロブ=グリエの『新しい小説』の意味合いやその後の「新しい小説」、小林秀雄らの語る日本の『私小説』と新しい人称の手法などの文芸評論。演劇や映画、絵画との手法との考察があり、なかなか刺激的。なんども言及される柄谷行人の評論は未読でやっぱり読まなあかんのかと。柴崎友香や山下澄人などの手法などの紹介がある。我ながらダラダラと目を通すだけに近い読書でひどく反省。最近の日本小説でこういうことをやっているのだなと、参考になった。2018/04/18

しゅん

18
「新しい小説などいらない」と書いた金井美恵子の小説論が刊行から20年経って「今、最も新しい小説論!」と帯で喧伝されてしまう薄ら寒さ。それに逆らって、映画・絵画・演劇と比較を重ねながら「新しい小説」を探る第一章。渡部直己の移人称論に呼応する形で、新古の小説論・言語論を参照としながら小説における「私」の形を輪郭づけんとする第二章。その道程は小説の枠を踏み越え、今・この世界で存在を続行する新しい「私」自体へと焦点が絞られていく。こうした踏み外し自体が批評という事故の一つの在り方。巻末の「批評の初心」が圧巻。2017/12/09

ひばりん

16
冗長な印象を持った。「新しい小説のため」でないような批評は存在しないので、タイトルからして冗長である。批評というよりは批評の批評であって”論論”である。なので、これに感想を書こうにも”論論論”になってしまう。。この本に出てくる話を事前に知ってる読者であれば「それをそう繋ぐのね」というDJ的面白さを感じ取れるかもしれないが、これから文学を学ぶ大学生などにはとても勧められない。ジェラール・ジュネットを読んだ方が良い(し、ジュネット以降新しい批評が産まれていないらしいことだけは本書のおかげでよく分かった)。2021/12/14

カイロス時間

9
リアリズムの話から始まったのが、次第に人称の問題に移っていき、後半は私小説を大々的に論じる。演劇や映画も援用されて盛り沢山に感じたけど、問題意識は一貫してたので◎。私小説という概念のアップデートを図り、そこに新しい小説を見出していく。完全に方法論だと思って読んでいたら、世界との対峙の問題であると切り返されたのがビリっときた。人称が存在の様態になっている状態をどう実感できるか、が鍵な気がする。セザンヌが世界との新しい関係を見つけたとか、私とは複数の他者でそこは砂漠なんだとか、いろいろと興味深い洞察もナイス。2020/07/12

袖崎いたる

6
リアリズムとの格闘する自分としては含蓄のある一冊だった。リアリズムは常に私において焦点化されているので、そこで取り組むことになるのは私小説ということになる。では著者がパラフィクションなどと打ち出してまで執着する作者および読者という場ではどのように私が私しているのか。これからの小説はそれをどのように歓待すればいいのか。ーーそういうお話。2018/04/13

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