アウシュヴィッツを志願した男―ポーランド軍大尉、ヴィトルト・ピレツキは三度死ぬ

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アウシュヴィッツを志願した男―ポーランド軍大尉、ヴィトルト・ピレツキは三度死ぬ

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  • サイズ B6判/ページ数 274p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784062194938
  • NDC分類 289.3
  • Cコード C0095

出版社内容情報

『夜と霧』も描けなかったアウシュヴィッツの真実。祖国のため自ら収容所へ潜入し、脱出後は祖国に抹殺されたポーランド軍大尉の生涯戦後70年である2015年は、アウシュヴィッツ解放70年でもある。1939年ナチス・ドイツに蹂躙されたポーランドは、その国内に絶滅収容所をつくられ、ユダヤ人とともにポーランド人もまた多く収容された。
本書の主人公、ヴィトルト・ピレツキはドイツに占領されたのちロンドンに移ったポーランド亡命政権の騎兵士官で、収容所の実態を世界に知らしむため、かつその解放を目指し、自ら志願してアウシュヴィッツへ潜入した。1940年9月21日のことだった。その後、収容所内に地下組織を築き、悲惨な状況を外部へ伝え、同胞のサポートに回った。しかし、ドイツ側の監視の目にその行動があぶりだされる寸前の1943年4月27日、947日間の潜伏から収容所を脱走する。
その後もナチスへの抵抗は終わらず、44年8月のワルシャワ蜂起までゲリラ戦を挑む。蜂起の失敗後はナチスの手に落ちるが、翌年ドイツは敗戦を迎える。
ナチスに対し勝利したことで、ピレツキは英雄として祖国に迎えいれられるはずだった。しかし、ナチスに変わりポーランドを支配したのはソ連だった。45年以降、ピレツキは亡命政権の一員として反共産主義の戦いを挑むようになる。ソ連の傀儡と化した革命政権下のワルシャワに潜入するも、47年に逮捕される。拷問、暗黒裁判ののち、死刑確定。48年に処刑された。その後ピレツキの名は、ポーランド史から抹殺された。その名と功績が再評価されるのには世紀が変わるまで待たなければならなかった。

プロローグ
第I部 ポーランド消滅
第II部 潜入! アウシュヴィッツの九四八日
第III部 ワルシャワ蜂起へ
第IV部 祖国との闘い そして死
エピローグ
あとがき

参考文献・資料


小林 公二[コバヤシ コウジ]
著・文・その他

内容説明

ヒトラーに戦いを挑み、スターリンに反旗を翻し、最期は祖国に命を奪われる。「死の淵」へ948日間潜入し、かつ脱走を果たした兵士が見た、『夜と霧』も描けなかった殺戮の真実。絶滅収容所解放から70年。歴史から40年抹殺された男の生涯。

目次

第1部 ポーランド消滅(ヴィトルト・ピレツキのうまれた時代;ドイツとソ連に挟まれて ほか)
第2部 潜入!アウシュヴィッツの九四八日(働けば自由になれる;ダブルサーティーン―収容者番号4859 ほか)
第3部 ワルシャワ蜂起へ(解放感から蘇る記憶;ドイツ兵の銃弾をくぐり抜け ほか)
第4部 祖国との闘いそして死(亡命政府と臨時政権の対立;スターリンに支配される世界 ほか)

著者等紹介

小林公二[コバヤシコウジ]
1950年三重県生まれ。法学博士。上智大学卒業後、1981~82年ポーランド国立トルン大学大学院留学。日本ポーランド協会元事務局長。現在までにアウシュヴィッツ訪問20回、ポーランド国内にあるアウシュヴィッツ以外の絶滅収容所5ヵ所をそれぞれ訪問3回。専門は平和研究。大学教員を経て、現在NPO活動に従事(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

傘緑

54
「(親ソ・ポーランド収容所)ここでの拷問に比べれば、アウシュビッツなど子供の遊びだ」このピレツキが最後に妻に残した言葉が英雄が英雄たりえなかったポーランドの悲劇の過酷さを伝えている。と同時に決して無辜の被害者たりえなかったポーランドの一面も、ピレツキがアウシュビッツから脱走し、祖国解放のために転戦していた際に、ユダヤ人が一掃された村での会話「…女駅員はうなずき、でもユダヤ人がすっかり片付いてせいせいしたわ、とこともなげに言った。この駅員のユダヤ人に対して抱く感情は、ポーランド人のごく平均的なものだった…」2017/02/04

Miyoshi Hirotaka

34
ポーランドにとってドイツとソ連は前門の狼、後門の虎。さらに、不運にもヒトラーとスターリンという狡猾で残忍な独裁者の全盛期が重なった。孤立無援の中で計画されたのがアウシュビッツ解放作戦。自ら志願し、収容所内に組織とネットワークを作った。アウシュビッツを脱走すると次はワルシャワ蜂起に参加。戦後、ソ連の指導の下に共産化が進むと、英雄は危険分子と見なされ、逮捕、監禁された。そこは、アウシュビッツが子供の遊びに見える過酷な環境。みせしめ裁判で銃殺刑に。ベルリンの壁崩壊後、裁判資料の見直しが行われ、名誉が回復された。2018/11/03

星落秋風五丈原

31
多くの者が生きて出られないアウシュビッツを脱出したにも関わらずもっとも自分が愛する国家によって捕えられ殺されてしまったピレッキ。第二次大戦時、国が一時期消滅してしまったポーランドという国の悲劇を体現するような人。2015/09/07

テツ

25
祖国ポーランドのために大戦中にアウシュビッツに潜り込み内部の様子を報告しおよそ千日間に渡り活動した後に脱出したポーランド軍大尉ピレツキ。ドイツと戦いソ連と戦い己の祖国を守るために戦い抜いた彼は戦後ソ連に支配され共産主義体制となった祖国ポーランドから反政府的、反社会的だと判断され処刑された。正義って何なのかな。守り抜こうと全てを擲った相手により死を賜るってどれだけ無念なんだろう。現在では彼の名誉は回復されているらしいけれど、魂が安らかであるように心から祈る。2017/10/17

スー

24
145アウシュヴィッツの調査と地下組織の設立そして最終的にはアウシュヴィッツ解放の時に内部から呼応する準備の為に潜入し報告の為脱走した男ピレツキ大尉、こんな凄い事をなした人が居たなんて驚きました。そして杉原千畝はドイツとソ連の情報を収集する為に送り込まれた諜報員だったなんて‼️二度驚きです。過酷な収容所から命懸けの脱出を行い世界にナチスの悪行の実態を知らしめたのに待っていたのは大国間の思惑で祖国ポーランドはソ連に売られピレツキは反逆者とされ逮捕・拷問そして射殺だった。国に尽くしたのにこんな結末なんて酷い2020/10/23

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