儒学殺人事件―堀田正俊と徳川綱吉

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儒学殺人事件―堀田正俊と徳川綱吉

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  • サイズ A5判/ページ数 382p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784062189330
  • NDC分類 289.1
  • Cコード C0021

出版社内容情報

なぜ大老堀田正俊は殿中で暗殺されたのか。その黒幕は将軍綱吉だった……?! 国家観、統治者像の相違がもたらした深刻な思想ドラマ第36回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞!

 徳川三百年にあって江戸城内での刃傷沙汰は7件起こっています。いちばん有名なのは、浅野内匠頭が吉良上野介を松の廊下で傷つけた事件ですが、そのほかにも6件あるわけです。最高位の大老が殺害された例もあります。
「大老暗殺」といえば幕末の井伊直弼のケースが思い浮かびますが、あれは桜田「門外」であって「殿中」ではないのでここではカウントされません。では江戸城という国家権力を象徴する場所で殺害事件は、いつ、なぜ起こったのか、殺された大老とは誰なのか……。
 事件発生は貞享元年(1684)8月28日。殺された大老は堀田正俊(下総佐倉藩主)。下手人は、なんと若年寄の稲葉正休でした。
「発狂」「乱心」の結果とされたこの異様な事件は、さまざまな憶測を呼びました。たとえばその場で稲葉正休を討ち果たしてしまったことに対して、水戸光圀は「粗忽である」と難詰、生かしておいて原因を究明すべきだったと断じたと『徳川実紀』にあります(じつは、殺害後の正休は無抵抗であり確信犯的行動だったようです)。
 そんなしだいで、当時から事件の背景には時の将軍綱吉の意向があるとの噂も絶えませんでした。たしかに正俊在世中の綱吉は比較的抑制した権力行使の態度がみられますが、世に言う元禄時代、綱吉のやりたい放題の政治(側用人政治)は正俊暗殺以後に始まるといえます。
 さまざまな状況証拠から推して、大老暗殺の黒幕が将軍であったことはほぼ間違いありません。しかし、なぜ将軍は大老を消そうと考えるにまで至ったのか、双方はどこまで「政治、国家観」「統治者像」を同じうし、どこから超え難い溝が生ずるようになったのか……。本書は思想をめぐって発生した知られざる殿中暗殺事件を追うことで、近世日本における「期待される政治家像」の形成を論じます。異色の思想史ドラマとなるはずです。

はじめに 聖堂へ昇る将軍
第一章  大老、殿中に横死す
第二章  天和の改革と将軍綱吉
第三章  牧民の思想
第四章 『〓言録』の世界
第五章  君子、慎むべし
第六章  朝鮮通信使と儒学
むすびに 扇の小箱


小川 和也[オガワ カズナリ]
著・文・その他

内容説明

貞享元年(1684)8月28日。江戸城御用部屋近くで大老堀田正俊が刺殺された。下手人は若年寄の稲葉正休。しかし、その背後には時の将軍綱吉がいた…!?いったいなぜ正俊は殺されねばならなかったのか。事件を解くカギは「儒学」にあった。

目次

序章 知られざる暗殺事件
第1章 大老横死
第2章 黒幕は誰なのか
第3章 天和の改革
第4章 牧民の思想
第5章 『〓(よう)言録』をよむ
第6章 生類憐れみの令
第7章 誰のための儒学か
第8章 君子、慎むべし
第9章 朝鮮通信使との交流
終章 扇の小箱

著者等紹介

小川和也[オガワカズナリ]
1964年群馬県館林市生まれ。成蹊大学文学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。専攻は日本思想史。一橋大学大学院特任講師、北海道教育大学准教授などを経て、中京大学文学部歴史文化学科教授。研究テーマ「牧民官の時代―近世における『仁政』思想の展開」で第4回徳川奨励賞を受賞。また、『鞍馬天狗とは何者か』(藤原書店)で芸術選奨文部科学大臣新人賞、河上肇賞奨励賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

k5

55
江戸力強化月間⑨。天和の治を進めた大老堀田正俊が、若年寄稲葉正休に江戸城内で刺殺され、その場で本人も斬り捨てられるという衝撃の事件を「儒学殺人事件」と呼ぶわけですが、スキャンダラスな陰謀論であるよりか、文筆家でもあった正俊の著作を丹念に読みとくことによって、自分で儒学を講義したりしながらその後、生類憐みの令という謎の政策に傾いていく将軍綱吉との思想的な違いを浮き彫りにする、思想史的にスリリングな本です。結論としてはこのタイトルでない方がよかった気はしますが、読み応え十分な名著です。2022/06/05

さとうしん

4
綱吉の時代の大老堀田正俊(幕末の堀田正睦の祖先と言った方が通りがよいかも)殺害事件は、儒学殺人事件と呼ぶべき性質のものだった… これを取っ掛かりにして、有名な「生類憐れみの令」の背景となった綱吉の儒学観と堀田正俊ら当時の大名・儒学者の儒学観との対立について論じる。『颺言録』に描かれるところの綱吉像を見てると、今でも北朝鮮あたりで金正恩のために同じような書が作られているのではないかという気がするが…2014/12/26

feodor

4
若年寄・稲葉正休による大老・堀田正俊の刺殺事件。これを糸口に、将軍綱吉の政治を見直していくという論考。 正俊と綱吉との間の「儒学」観の違いが、最終的に正俊抹殺につながっていったのでは、というところの真偽はわからない。だが、正俊の儒学観は王道政治であり、どことなく知行一致とすら感じもする。一方で綱吉の儒学観は、ややファッション的。同じく儒学重視、文治主義といっても、ひとくくりにはくくれず、その違いが政治観の違いにもつながっていた、というのは読んでいておもしろかった。やや理解不足。 2014/08/01

パーやん

3
大老って偉いんだ(o_o)。上席の老中?トンでもない、大老を出したのは土井/酒井/井伊/堀田の4家のみ。しかも堀田家は将軍家に準ずる家格とか。それが綱吉の治世下、城内で若年寄の稲葉正休に刺殺され堀田家は凋落していく。事件は闇に葬られるが、私怨でなく権力者から強要されたモノとしか思われない。当然…将軍綱吉。儒学殺人事件と云う「小説」はココまでで後は学術書?、読むのがツラい^^;正俊著の日本版貞観政要「颺言録」の分析を通じて、儒教狂いの綱吉と拘りの正俊の儒教観の違いから諫言を躊躇わない正俊は疎まれ暗殺されてし2016/12/25

takao

2
徳川綱吉の関与で大老の堀田正俊が暗殺2021/02/09

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