内容説明
大阪の日常を幻想空間に異化する最新連作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
フリウリ
10
町をぶらつく。テーマがあるときもあれば、ないときもある。街角の写真をとりはじめる。その写真をみながら、書簡のなかで説明したり、講演する。というだけの他愛ないお話しが、なぜ小説となって、これほどおもしろく読ませるのか、謎だと思います。簡単すぎて難解なのか、難解すぎて簡単なのか。後藤明生、晩年の凄み。92023/12/16
うらなり
8
日本語と歴史の勉強になります。ツツガムシにやられないのでつつがなく。穴に隠れて生き延びたので、手紙の文末が、あなかしこ。2020/08/18
u
7
たとえば冒頭の「マーラーの夜」はある日テレビでマーラー演奏会の案内を見たのをきっかけに、交響曲第一番に思いを巡らせ、といっても思考はすぐ脇道に逸れ、寄り道に寄り道を重ねつつ、現在過去を往き来しつつ、危ういところで本題に戻ってきて話 (というより独り言) が進んでいく。「『芋粥』問答」は講演会の語り手という設定で、「十七枚の写真」は書簡体で、同じように脇道に逸れながら思考されていく。古典、地誌、碑文からと引用も多い。書き方如何で何でも小説になるんだなと感心し、あきれた。エッセイと小説の境が判らなくなる。2018/02/06
mawaji
6
初後藤明生。著者が移住してきた大阪に困惑しつつ「歩き」「調べ」ながらその困惑がより深まっている様子を描いたエッセイなのか小説なのか判然としないまま困惑しつつ読み進みましたが、百済王から俊徳丸→信徳丸→身毒丸→新徳麿の流れや乞丐人、ディオゲネス、癩病との関係がわかりかけたようなところで唐突に読了。西村賢太氏の鼎談で島田雅彦氏が朝吹真理子氏に「こんな本を読んでちゃダメだ」と言っていたのが何となく分かるような気がしなくもない感じでした。付箋が一個も貼られることのなかった本はかなり久しぶりかも。読後感は「困惑」。2014/06/01
けいこう
5
エッセイ風というかなんというか。だらだら書いた上で、最後の短編で、身毒丸の名前が出てくるのだからとぼけた小説だなあって感じ。いや、実はエッセイ風ではなくて、最初と最後以外は講演風と手紙風。で、何をしているかと言えば、本を読んで、歩いてるだけ。本といっても、地図だったり地誌だったりもするし、写真だったりする。大阪を歩いてるのか、地図を読んでるだけなのか、わからないようだけど、大阪のディオニソスだとか坂をいく老婦人なんかは軽快なスケッチめいてて、楽しいような気もする。それにしても、迷子になるってのは意外とそう2017/06/22