内容説明
横浜の領事館で暮らす十七歳のベン・アイザック。父を捨て、アメリカを捨て、新宿に向かう。一九六〇年代末の街の喧騒を背景に、言葉、文化、制度の差を超え、人間が直接に向き合える場所を求めてさすらう柔らかな精神を描く野間文芸新人賞受賞の連作三篇。「日本人の血を一滴も持たない」アメリカ生まれの著者が、母語を離れ、日本語で書いた鮮烈なデビュー作。
著者等紹介
リービ英雄[リービヒデオ]
1950年11月29日、米国カリフォルニア州バークレーに生まれる。1973年プリンストン大学を卒業、同大学院に進学。1982年万葉集の翻訳で、アメリカで最も権威のある文学賞、全米図書賞を受賞。1992年(平成4年)12月、『星条旗の聞こえない部屋』で野間文芸新人賞を受賞
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感想・レビュー
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踊る猫
38
中上健次や村上龍の初期の青春小説の逸品たちにも似た「みずみずしい世界への違和感・怒り」を感じる。どのように働きかけてもあらかじめユダヤ人(つまりは「ガイジン」)とみなされるその一方的な偏見・眼差しの暴力性に戸惑い、そしていったい自分は何者なのか・なぜここにいるのかを不断に問い詰められている気にさせられるという果てしない心理的重圧が伝わってくるのだ。実を言うと(こんな読みは我田引水そのものだが)ぼく自身発達障害者として、そんなどこにも居場所を持てない違和感に心が乱されることがある。ゆえにこの作品に共感を抱く2024/07/19
おさむ
38
16歳で日本文化にであったリービ英雄さんの私小説。1960年代末の日本社会の独特な空気感があります。「逝きし世の面影」や「東京に暮らす」等にも似た、外国人の視点から見た日本像の面白さ。映画で言えば、「ロスト・イン・トランスレーション」ですね。2016/05/08
メタボン
30
☆☆☆★ 3編の中では「仲間」が良かった。アメリカ人なのに日本にいることのアイデンティティの揺らぎが良く表れており、生卵を飲むことで日本人と同化しようとするラストが良い。新宿の猥雑さも良く描けているし、何と言っても「外人(作品の中では嫌悪感を持って使われている言葉だが)」とは思えない日本語の文章の良さがリービ英雄の特色なのだろう。2021/08/16
三柴ゆよし
20
アメリカ領事の息子である十七歳のベン・アイザックが、dependent(扶養家族)の資格を放擲し、ひとり新宿の街へ飛び出していく、自伝的連作三篇「星条旗の聞こえない旗」「ノベンバー」(原題「新世界へ」)「仲間」を収録。この連作が、厳格な父への反抗心によって家出を試みる、単なる不良少年の物語に留まっていないのは、ひとえに<日本語への所属>というテーマによってである。ベンが直面するのは、日本語が話せる・話せないという次元の問題ではなく、日本語の<所有権>をめぐって繰り広げられる熾烈な闘争であるといえる。(続)2014/09/14
ネムル
16
ちょいと前のハードボイルドの翻訳調のようなやや硬い文体に戸惑ったが、次第にベン・アイザックの言語への格闘・越境と共に馴染みだす。言語を通して世界を知り(「おれも、しんじゅくを知っている」)、世界に迎え入れられる(「自分が世界の中にいる、実際にいるという衝撃」)、シンプルでいて綺羅星のような言葉たちが散乱している。そして、言語への帰属を巡り飛び出すこと(「とうとうおりちゃった、みんなといっしょにおりちゃった」)、この恍惚と、だが孤独なラストのかっこよさ。これはハードボイルドのかっこよさにも近しい。痺れた。2017/01/12