内容説明
ライラックの蕾は膨らんでいても外套を着ている人が多い四月末のロンドンに着いた主人公は、赤い二階バスも通る道に面した家に落ち着く。朝早くの馬の蹄の音、酒屋の夫婦、なぜか懐かしい不思議な人物たち。娘や秋山君との外出。さりげない日常の一駒を取りあげ、巧まざるユーモアとペーソスで人生の陰翳を捉え直す、純乎たる感性と知性。ロンドンの街中の“小沼文学の世界”。平林たい子賞受賞。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
syaori
26
「別に特別のことはしたくない」「郷に入ってのんびり暮せたら」という倫敦滞在記。知人に誘われれば名所・旧跡を訪ねたり、バスで郊外へ小旅行へ行ったりしますが、それは近所の酒屋へ行ったり、家の近くを散歩したり、床屋へ行ったりという、ゆるゆる続く日常の一部となっています。その情景はどこか懐かしい風情も感じて心地よく、淡々としていても単調ではない文章の雰囲気などもとても良いなあと感じました。うつらうつらとテムズ川下りをして「水村山郭酒旗風」という漢詩を思い出すところは何もしない贅沢という感じでとても好きな場面です。2016/06/17
ステビア
24
静かで灰色な小沼丹の世界。堪能した。2014/09/30
いくっち@読書リハビリ中
9
昭和初期、もしくは昭和二十年代のイギリス紀行文だとばかり思っていました。著者が53歳のとき1972年に早稲田大学の在外研究員として半年間ロンドンで過ごした滞在記なのだそう。ええっ!私が1990年に行ったロンドンと大して変わらないじゃないか。訪英直後から帰国直前までの随筆。滞在が落ち着いたあたりから表現が文学的になる。街を見ながら飲むビール、花の色合い、鳥たち、テムズ川の流れとセピア色からカラーへと変わる瞬間があることに不思議な感覚を覚えました。2009/09/05
きりぱい
8
よくよくビールが飲みたくなるのは(著者が)、気候のせいなのか嗜好のせいなのか、だからなに?とでもいうような、イギリスでの日々がよどみなく淡々と綴られるのだけど、主が小沼丹というだけで、飄然というか洒脱というか、そこはもう読んだ者しかわからない、不思議と心地よい味わいがある。人付き合いに淡白な様子も可笑しく、その視線でとらえられた人々には絶妙のユーモアさえ感じる。小沼丹が選り抜き描き出すイギリスの情景は、おだやかなのに印象的でもある。2010/07/05
カワハ
7
ロンドン滞在時のエッセイ。どこかに出かけたり誰かと話したりビールを飲んだりの話し。のんびりと過ごすその余裕から生まれるユーモアと街並みの描写から溢れる郷愁が心地よい。2019/05/18