内容説明
灯油の原料を求めて大海に出た捕鯨船の船長エイハブの壮絶な白鯨との死闘。それを物語る唯一の生き残りの乗員イシュメールの魅力的な語り口。苛酷な宿命の下での自然と神、卑俗と聖性、博愛と弱肉強食等の混沌とした人間的葛藤の奥に、男だけの世界の濃密な関係が息づく。近代の文明の行き詰った危機に改めて注目される古典を朗唱にふさわしい平明な新訳とした文庫版。全二冊。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
やいっち
90
二十歳代に一度、四十路の頃にも、さらに数年前に三度目と読んできた。若い頃、読み飛ばして、この作品がどうして世界的な文学なのか、まるで分からなかったけれど、今回、ゆっくり時間をかけて読んでみて、その凄さを堪能することができた。 シェークスピアとまではいかなくとも、世界に佇立する文学世界だと実感させられたのだ。
田中
30
捕鯨の仕組みや周縁知識を細かすぎるほどに叙述している。「捕鯨船」と「鯨」に愛着があふれているからだろう。鯨は、資源的な効用は大きいし、怪物のような生き物だ。捕鯨船があっちこっちの海洋を探索することで、未知の島しょを発見し、謎の部族と交流したことは、歴史的意義があったのだろう。でも、捕鯨業は低級職と蔑視されていたようだ。物語ではなくプロ船員による鯨学概論のような内容だ。突然にエイハブ船長の復讐心があらわれる。下巻が読み物になると期待する。 2021/03/29
James Hayashi
30
モームの世界10大小説の1つ。また世界一のコーヒーブランドになったあの会社の名前はこの作品の中から。クジラの生態など知らないことばかりで興味深く、著者自身も明治維新の頃捕鯨に関わり、日本の鎖国の記述も見られる。船が出航するまでも長いが、途轍もなく口説い文体(決して繊細ではない)。しかしながらマッコウクジラのデカさ、迫力、脅威を感じ、モービィ・ディックに関しては神聖さまで感じてしまう。両者の戦いは如何に?下巻へ。2016/12/25
スミス市松
27
小説とは語りによって見出されるひとつのフィールドであることを改めて痛感した。その空間の中で、著者は己が内に抱える自分の人生以上に大きい〈何か〉、これから書かれる小説よりも巨大な〈何か〉と対峙し、恐れ慄き、なお立ち向かっていこうとする。なんとしてでもこいつをテキスト上に引きずり出す、その凄まじいオブセッションにとり憑かれている。私たちがいま読んでいる小説とは、彼/彼女がその〈何か〉を白日のもとに晒そうとしてもがき足掻いた痕跡にすぎない。(続)2016/01/18
chanvesa
25
「夢に見る神秘を遠くはるかに追跡しつづければ、いや、いつも人間の魂の直前を遊弋 するあの魔の色を帯びた幻を狂おしくも追跡しつづければ、しかもそれをこの球形の天体の上に追いつづければ、我々はいずれ荒廃の迷宮に迷い込み、そしてやがて志半ばにして荒き海に難破するほかはない。」(558頁)白鯨追跡の予言的な文章であるだけでなく、欲望と消費に突き進む資本主義の向かう先であるようにも感じる。「すべて目に見えるものは、ただのボール紙でできた仮面にすぎぬ」(396頁)というエイハブの理性は狂気と執念の裏腹に存在している。2024/08/11