内容説明
芸妓村上八重と著者との三十年にも及ぶ恋愛を題材に小説家牧と芸者三重次とが互いの人生の浮き沈みを越えて真摯な心を通わせ合った長い歳月の愛を独得の語りくちで描いた戦後の代表作・読売文学賞受賞「思い川」、なじみの質屋の蔵の中で質種の着物の虫干しをしながら着物に纒わる女たちの思い出に耽る男の話・出世作「蔵の中」、他に「枯木のある風景」の三篇を収録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
michel
20
「蔵の中」ー着物や女やらに耽溺する愚作家である主人公の愚痴話。とりとめなくだらだらと時間的な関係も内容も曖昧な饒舌体で繰りなす。書き出しと文末が一致しないあたりなどの混乱が、つまりは語るうちに次々と新たに語りたい欲求の連なってくるという軽妙さを感じさせる。その後、精神を病むこととなり、ガラッと暗鬱な作風へ。饒舌多弁…この頃は軽巧さで自らの不穏な陰を覆い隠していたのか。 そして発狂後の作品「枯木のある風景」ー藝術人としての宇野の陰鬱や苦悶が、主人公島木と古泉の対比によって投影される。客観的な描き出し。 2020/07/04
松風
19
「蔵の中」がめちゃくちゃ面白い!モデル等は広津和郎『同時代の作家たち』に詳しいが、突き抜けた脱力系ダメ人間像にむしろ清々しさを感じる。これを読んじゃうと、太宰その他の所謂無頼派のてらわれた〈無頼〉が「ぬるく」感じられてしまう。思い川や枯木…も良いが、まず「蔵の中」を読んで欲しい。そして、その際は広津の『同時代…』をセットで読むと「思い川」もより楽しめます。(こういうセット販売が新早稲田派を軽視させるのかなぁ…)2014/02/13
かふ
18
「思い川」 最初に出ているから処女作だと思ったら晩年の作品だった。水上勉に口述筆記させたのだという。芸者三重次との30年に渡るプラトニック・ラブと言われているが、それは綺麗事だと思う。まあ、良く言えば八重(彼女がモデルとなった芸妓)に書いたラブレター小説と言えばいいのか?関東大震災から戦後まで。歴史小説としての情景描写は希薄で、あくまでも恋愛小説になっている。これほど男に惚れてしまう女がいるのだろうか?と考えてしまう。 https://note.com/aoyadokari/n/n81a8096519c62021/12/15
馨
18
初読み作家。長編の『思い川』、大正〜昭和にかけて長い期間を震災や天皇陛下の崩御など歴史の出来事もからめて進んでいったのが良かったです。2015/01/23
三柴ゆよし
16
「蔵の中」を再読。「そして私は質屋へ行こうと思い立ちました。私が質屋に行こうというのは、質物を出しに行こうというのではありません。私には少しもそんな余裕の金はないのです。といって、質物を入れに行くのでもありません。私は今質に入れる一枚の著物も一つの品物も持たないのです。そればかりか、現に今私が身につけている著物まで質物になっているのです。それはどういう訳かというと、……」。このあまりにふざけた書き出しの小説は、質入れした着物の虫干しをめぐる語り手「私」の奇矯なふるまいを綴っていくかに、ひとまずはみえる。2018/07/07